【中山晋平】

童謡『てるてる坊主』の
作曲者は滝廉太郎である
×(答)
79%


1912年に日本初の交響曲
『かちどきと平和』を
作曲したのは滝廉太郎である
×(答)
◯山田耕筰
60%
引用元:『かちどきと平和』山田耕筰 | 【QMA復習】 https://seethefun.net/%E8%8A%B8%E8%83%BD/33543/

てるてる坊主(てるてるぼうず)は、日本の風習の一つである。照る照る坊主とも表記される[1]。翌日の晴天を願い、白い布や紙で作った人形を軒先に吊るすもので、「てるてる法師」、「てれてれ坊主」、「日和坊主(ひよりぼうず)」など地域によって様々な呼称がある。また、同名の童謡がある。

日本では、江戸中期既に飾られていたようである。この頃の人形は折り紙のように折って作られるもので、より人間に近い形をしており、これを半分に切ったり、逆さに吊るしたりして祈願した。19世紀はじめの『嬉遊笑覧』には、晴天になった後は、瞳を書き入れて神酒を供え、川に流すと記されている。『日本国語大辞典』によると、江戸時代の文献では「てり雛・てり法師・てりてり坊主・てるてる・てるてる法師・てるてる坊主・てれてれ法師」など、さまざまに呼ばれていた。

童謡『てるてる坊主』
浅原鏡村(浅原六朗)が作詞し、中山晋平が作曲した『てるてる坊主』という題名の童謡がある。1921年(大正10年)『少女の友』にて発表され、教科書にも掲載されていた。

最初に発表されたときには4番まであり、その1番は「もしも曇って泣いてたら 空をながめてみんな泣こう」という歌詞だったが、後に削除された[5]。また、3番で「それでも曇って泣いてたら そなたの首をチョン切るぞ」もある。

戦後から1960年までにレコード売上は15万枚に達し、ロングヒットを続けている[6]。
引用元:てるてる坊主 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%81%A6%E3%82%8B%E5%9D%8A%E4%B8%BB