内館牧子『終わった人』樋口恵子「濡れ落ち葉」

映画『終わった人』の演技により
2018年9月にモントリオール
映画祭で最優秀男優賞を受賞した
俳優は?
舘ひろし(答)
三浦友和
渡哲也
寺尾聰
55%

モントリオール映画祭で
主演女優賞を受賞した
日本人女優をフルネームで
1人答えなさい
たなかゆうこ(答)田中裕子『天城越え』1983
ふかつえり(答)深津絵里『悪人』2010
26%

引用元:【Prix d’interprétation féminine】田中裕子(ゆうこ)、深津絵里 | 【QMA復習】わかればいいのに https://seethefun.net/%e8%8a%b8%e8%83%bd/49100/

『終わった人』(おわったひと)は、内館牧子の小説。2015年発表。講談社文庫刊。2018年に映画化された。

映画[編集]

2018年に中田秀夫監督、舘ひろし主演で映画化。第42回モントリオール世界映画祭最優秀男優賞受賞(舘ひろし)[2][3]。6月9日~10日の国内映画ランキング(全国週末興行成績・興行通信社提供)第4位にランクインした[4]。
引用元:終わった人 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%81%A3%E3%81%9F%E4%BA%BA

大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられそのまま定年を迎えた田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れた。生き甲斐を求め、居場所を探して、惑い、あがき続ける男に再生の時は訪れるのか?シニア世代の今日的問題であり、現役世代にとっても将来避けられない普遍的テーマを描いた、大反響ベストセラー「定年」小説。

「定年って生前葬だな。これからどうする?」
大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられ、そのまま定年を迎えた主人公・田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れる。年下でまだ仕事をしている妻は旅行などにも乗り気ではない。図書館通いやジムで体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。どんな仕事でもいいから働きたいと職探しをしてみると、高学歴や立派な職歴がかえって邪魔をしてうまくいかない。妻や娘は「恋でもしたら」などとけしかけるが、気になる女性がいたところで、思い通りになるものでもない。
惑い、あがき続ける田代に再生の時は訪れるのか? ある人物との出会いが、彼の運命の歯車を回す──。
シニア世代の今日的問題であり、現役世代にとっても将来避けられない普遍的テーマを描いた、大反響ベストセラー「定年」小説。
引用元:『終わった人』(内館 牧子):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000212847

人生は帳尻が合うもの
「終わった人」というタイトルは、すでに決めていた。

主人公はエリートがいい。雇用延長もできたが、その多くの場合、これまでのキャリアを踏みにじるような、バカにした仕事を与えられる。とてもプライドが許さず、応じなかった。結果、「毎日が大型連休」になった男の悲哀は、エリートの方が明確に出ると思ったのだ。

まさに仕事一筋の男だったため、友達もいないし、趣味もない。やりたいこともない。やりたいのは仕事なのだ。

しかし、来る日も来る日も何とか時間をつぶさなければならず、見たくもない映画を見に行ったり、スポーツジムに入ったり、カルチャースクールに通ったりする。

それでも「自分は老人ではない」という矜持があり、老人の溜まり場と言われる図書館には行かない。歩数計をつけて散歩もしない。昼間のジムは爺さん婆さんばかりだが、一線を画して仲よくしない。

それでもやがて気づく。「傍から見たら、俺も単なる爺さんなんだろな」と。激しい落ち込みの中、悶々と日々を送る。

私はこの本音と悲哀をしつこいほど書いたのだが、びっくりしたのは講談社に寄せられる読者カードのコメントである。圧倒的多くが書いてくる。

「どうして男の気持がわかるんだ」

「これは僕自身がモデルかと思った」

本当である。担当編集者によると、こんなにも多く読者カードが来たことは、編集者人生で初めてだという。

モデルはいない。まったくいない。だが、自分がモデルかと思うということは、本音では「もっと仕事をしたい」と悶々としている人が、いかに多いかという証拠ではないか。

主人公をエリートにしたのは、もうひとつ理由がある。

私自身が還暦を迎えた頃、急にクラス会や昔のサークルの食事会や、古い仲間たちとの集りがふえた。それらのメンバーはほぼ同年代である。定年になって暇があり、幹事を引き受ける人が出て来たのだろう。

それらに出席してみて、感じた。男も女も、エリートも非エリートも、美人も不美人も「終わった人」としての着地点は大差ないなァと。

むろん、終わるまでの人生には差があろう。エリートや美人ならではの幸せな経験や、高揚することや、稀有な僥倖もあったはずだ。それらは人生の過程において、非エリートや不美人は手にしえないものが多いに違いない。

だが、「終わった人」になると、みんな横一列に着地している。そう思えてならなかった。むしろ、エリートや美人は過程が華やかだっただけに、「終わった人」の状況に対し、より切なさを抱いているように見え、非エリートや不美人は、うまくソフトランディングができている気がした。

ああ、人生は帳尻が合うものだと、何度感じさせられたかわからない。本著の主人公もそれを感じ、次に生まれてくる時は一流大学、一流企業、出世コースという人生は選ばないと思ったりもする。
引用元:定年後のエリートの悲哀を書いた『終わった人』が大ヒットした理由(内館 牧子) | 現代新書 | 講談社(1/2) https://gendai.ismedia.jp/articles/-/49790

濡れ落ち葉(ぬれおちば)とは

濡れた落ち葉
上記の「払っても払ってもなかなか離れない」様子から転じて、主に定年退職後の夫が、特に趣味もないために、妻が出かけようとすると必ず「ワシも(付いて行く)」と言って、どこにでも付いて来る様子を指すようになった。「濡れ落ち葉症候群」とも言う。またそのような「妻にべったりの夫」そのものを指すこともある。後者の場合は「濡れ落ち葉族」と呼ばれることもある。
本稿では、上記の2.について記述する。

解説[編集]
評論家・樋口恵子が、あるシンポジウムで伝聞として聞いたものを紹介した[1]ことで広まり、「濡れ落葉」として1989年の流行語大賞新語部門・表現賞を受賞した[2]。一種の「男性差別」にあたる表現との指摘もある[3]。

「男性差別」を参照
なお、樋口が耳にしたのは「近ごろは、粗大ゴミではなく『濡れた落ち葉』と言うのですって」であり、当初は樋口も「濡れ落ち葉」ではなく「濡れた落ち葉」と「た」の入った状態で紹介していた[1]。

定年退職に伴う「燃え尽き症候群」と共に語られることが多い[4]。

働いている間は仕事に追われるあまり趣味を持つことはおろか、家庭を顧みることも、地域での活動に参加することもなかったため、退職後いざ何かを始めようと思ってもそのために必要な人間関係もなければノウハウもなく、またそれらを得るために努力しようという意欲もエネルギーもない状態である。

このような状態に陥るのは男性が多いとされ、その原因の1つには男性ホルモンの低下があると言われている[5]。
引用元:濡れ落ち葉 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%A1%E3%82%8C%E8%90%BD%E3%81%A1%E8%91%89