【藤竜也の妻】芦川いづみ

俳優・藤竜也の妻である
日活で活躍した女優は
和泉雅子である
×(答)
◯芦川いづみ
62%

芦川 いづみ(あしかわ いづみ、1935年10月6日 – )は日本の元女優。本名:伊藤 幸子(旧姓:芦川)。松竹歌劇団時代に付いた愛称は「おムギ」(有馬稲子に顔立ちが似ており、彼女よりもたくましいということから「稲」ではなく「麦」だというシャレからついた愛称)[1]。日活の黄金期を代表する女優として知られる。

その後、『幕末太陽傳』などの川島監督の作品をはじめ、様々な役に挑戦し、松竹から移ってきていた北原三枝とともに日活の中心的な存在となった。

また、1956年には、田坂具隆監督の『乳母車』で石原裕次郎と初共演する。裕次郎はこの作品の演技で、新しい魅力を遺憾なく発揮し代表作の一つとしたが、芦川もさわやかな演技で人気を不動のものとした。以降、北原三枝とともに裕次郎の相手役として欠かせない存在となる。若い浅丘ルリ子にその座を譲ってからも日活を代表するトップ女優として活躍した。

一時、葉山良二とのロマンスが噂されたが、1968年に藤竜也と結婚して引退。家庭の人となった。

2007年11月17日、新宿の京王プラザホテルで開催された日活出身の俳優で構成する「俳優倶楽部」とスタッフらで構成する「旧友会」の合同パーティーに、渡哲也・浅丘ルリ子・宍戸錠・川地民夫・沢本忠雄・鈴木清順監督・井上梅次監督・齋藤武市監督・舛田利雄監督らと共に出席。久々に公の場に姿を見せ、話題になった。
引用元:芦川いづみ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A6%E5%B7%9D%E3%81%84%E3%81%A5%E3%81%BF

藤 竜也(ふじ たつや、本名:伊藤 龍也、1941年8月27日 – )[1]は、日本の俳優。愛称は「ツモちゃん」。妻は芦川いづみ。藤竜也エージェンシー所属。 北京生まれ、神奈川県横浜市育ち[2]。横浜市立戸部小学校、関東学院中学校、関東学院高等学校卒業、日本大学芸術学部演劇学科中退[3]。

人物とエピソード
過去の趣味は陶芸。陶芸好きから映画『KAMATAKI』では吉行和子と共演、テレビドラマ『汚れた舌』でも陶芸家の役で出演している。地元である横浜そごうに於いて1995年〜1998年の間に計3回、また横浜高島屋に於いても2006年に「藤竜也 陶芸展」を開催している [10] 。
回転寿司が好物で、毎週必ず回転寿司に通っている[11] 。
石原裕次郎からは「タツ」の愛称で大変かわいがられていた。藤と芦川の結婚の際も、石原が日活の重役たちに了承させ、藤に結婚式のタキシードも贈った[12]。
引用元:藤竜也 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E7%AB%9C%E4%B9%9F

和泉 雅子(いずみ まさこ、1947年7月31日[1][2] – )は、日本の女優、冒険家、真言宗の僧侶。東京都中央区銀座出身[1]。血液型はA型[2]。愛称は「マコ」。

その後も女優業を行う傍ら、テレビ番組のレポーターとして訪れた南極の魅力に惹かれ、冒険家としての活動も開始。1985年に北極点踏破を目指したが途中で断念し失敗。この冒険に掛かった費用は1億円以上にのぼり、大きな借金を抱えることとなった。しかし、借金を完済し終えた1989年に再度、北極点を目指す旅に出発。日本人女性として初めて達成する偉業を成し遂げた[1]。

もともと山歩きが好きであったことから、登山にも凝り始め、登山に耐えうる体力をつける為に脂肪を増やし、その後も減量を行わなかったため、その容姿に美人女優だった頃の面影を失い、また極地の強い紫外線の影響で多く出来たシミも相まって、過去と現在との落差が一時期バラエティー番組などでも話題となったが、本人は「“昔はきれいだった”とよく言われる」と明るく語っている。
引用元:和泉雅子 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%B3%89%E9%9B%85%E5%AD%90