奥田圭子『プラスティック』


1985年に、作詞・秋元康、作曲・
氷室京介、編曲・布袋寅泰による
シングル『プラスティック』を
リリースした女性アイドルは?
桑井直美
新野圭恵
奥浜靖菜
奥田圭子(答)
9%

おニャン子クラブやAKB48の仕掛け人であり、美空ひばり『川の流れのように』などの作詞でも知られる秋元康。
そして、伝説のロックバンドBOØWYのメンバーであり、解散以降もソロアーティストとして成功している氷室京介と布袋寅泰。

この3人が携わった超豪華なアイドルソングが存在している。
それはアイドル・奥田圭子が1985年10月21日にリリースした3rdシングル『プラスティック』である。

身長160cm・体重47kgとスタイルが良く、はっきりした顔立ちの奥田圭子は将来を嘱望された新人であった。

玉置浩二が曲を提供した『夢ください―知・的・優・遊―』でレコードデビュー。
多くの新人賞を受賞した。

メガロポリス歌謡祭・新人賞受賞
KBC音楽祭・新人賞受賞
新宿音楽祭・新人賞受賞
全日本有線放送大賞・新人賞受賞

また、菊池桃子主演で大ヒットした映画『パンツの穴』の第2作『パンツの穴 花柄畑でインプット』で菊池の後のヒロインを志村香と共に務めた。

このままではやばいという危機意識の表れか、3rdシングルでは楽曲提供者を大幅に変更。

作詞には1985年4月にデビューしたおニャン子クラブの仕掛け人であり、作詞提供も行い大ブレイクを果たしている秋元康。
そして、曲は1985年6月に渋谷公会堂で初の大ホール・ワンマンコンサートを行い勢いに乗っているロックバンドBOØWYの氷室京介と布袋寅泰。

当時最も旬な組み合わせだったと言える楽曲提供。
布袋寅泰は編曲だけでなく、ギターでも参加している。

ロックバンドであるBOØWYの二人がアイドルソングに携わった理由としては、まだBOØWYの知名度が高くなかった1984年時点から奥田圭子はBOØWYの大ファンであることを公言しており、その縁で実現したという。
引用元:秋元康&氷室&布袋!1985年に実現していた奇跡のコラボ『プラスティック』奥田圭子 – Middle Edge(ミドルエッジ) https://middle-edge.jp/articles/aUA8I

奥田 圭子(おくだ けいこ、1966年3月1日 – )は、1980年代後半に活動した元女性アイドル歌手、元女優。広島県三原市出身。

来歴・人物
広島県立三原高等学校卒。

1982年のホリプロタレントスカウトキャラバン、1984年の東宝シンデレラに出場後、1984年にパイロット万年筆のイメージガールとして芸能界入り。なお、「芸能界に進みたいとかじゃなくて、審査会場の雰囲気が好きだったの。注目されたかったのかな。オリンピックと同じで参加することに意義があるって感じ」と言うように、芸能界に入る前は様々なオーディションを荒らしまくっていたという[1]。

パイロット万年筆のCMソングでレコードデビュー後、菊池桃子主演で大ヒットした映画『パンツの穴』の第2作『パンツの穴 花柄畑でインプット』で菊池の後のヒロインを、志村香と共に務めた。

その後、本名の奥田 佳子(読みは変わらず)と改名し、主に女優としてTVドラマで活動し、一時芸能活動を休業した。現在は、SMA所属で復帰している。その傍ら、アンチエージング化粧品「viento de KINO」をプロデュースしている。
引用元:奥田圭子 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E7%94%B0%E5%9C%AD%E5%AD%90