黛ジュン


1969年に『天使の誘惑』で
日本レコード大賞を受賞したのは
青山和子である
×(答)
◯黛ジュン
66%

「天使の誘惑」(てんしのゆうわく)は、1968年5月1日に発売された黛ジュンの4枚目のシングルである。

解説
黛ジュンは本楽曲で1968年の「第10回日本レコード大賞」を受賞した。

黛のレコード大賞受賞が発表された「第10回日本レコード大賞」の発表音楽会はモノクロ映像で現存している(同回はモノクロ放送だった最後の回であり、TBSに現存するレコード大賞の映像は同回のものが最古である)。また、本楽曲がレコード大賞を受賞した1週間後にはレコード大賞開始10周年を記念し、それまでのレコード大賞各賞受賞者たちが勢揃いした特別番組「10周年記念音楽会」が放映され、そちらは本楽曲の映像も含めて、鮮明なカラーのビデオ映像の完全版VTRが現存している。

同年の「第19回NHK紅白歌合戦」では本楽曲が歌唱された。同紅白では、当初和服姿で『夕月』を歌唱することになっていたが、本楽曲が12月21日に行われたレコード大賞を受賞したため(レコード大賞が大晦日の開催になるのは翌年から)、歌唱曲が変更され、黛の代名詞ともいえるミニスカートで出場した。
引用元:天使の誘惑 (曲) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%BD%BF%E3%81%AE%E8%AA%98%E6%83%91_(%E6%9B%B2)

黛 ジュン(まゆずみ ジュン、1948年5月26日 – )は、日本の歌手、女優。本名、渡邊 順子(わたなべ じゅんこ)。東京都調布市出身。1960年代後半を中心に、独特のパンチの効いた魅力的な歌声でヒットを飛ばした。実兄は作曲家の三木たかし。現在は独身、2回の結婚歴が有るものの2回とも離婚している。

概略
品川区立冨士見台中学校卒業後、本名で各地の米軍キャンプにジャズ歌手として巡る。

1964年に「渡辺順子」の名でデビューするもヒットせず、1967年に石原プロモーションへ移籍する。作曲家の黛敏郎のファンだったこととパンチのある意味合いで黛ジュンと改名し、東芝音楽工業(現:ユニバーサル ミュージック合同会社)から「恋のハレルヤ」で再デビュー。ミニスカートと共にパンチの効いた歌声で一気に注目を集める。

1968年にリリースされた「天使の誘惑」は更なる大ヒットとなり、その年の第10回日本レコード大賞に輝いた。1967年から1968年の2年間で、レコード売上が500万枚を記録。自身のヒット曲が主題歌となった映画にも出演。「天使の誘惑」「夕月」では主演に抜擢、売れっ子女優にもなった。また年末恒例のNHK紅白歌合戦では、1967年の第18回から1970年の第21回まで、4年連続で通算4回の出場を果たしている。
引用元:黛ジュン – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%9B%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%B3

青山 和子(あおやま かずこ、1946年5月4日 – )は、日本の演歌歌手。代表曲は「愛と死をみつめて」など。日本コロムビア所属。所属事務所は青山和子ミュージックカンパニー。 1960年本名の榊原貴代子の名でデビュー。デビュー曲「さみしい花」。

芸名の名付け親は石坂洋次郎である。また、東尾修は従弟にあたる。
引用元:青山和子 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E5%92%8C%E5%AD%90