『義経千本桜』「鳥居前」「鮨屋」「道行初音旅」「川連法眼館」 『雷神(なるかみ)不動北山桜』雲の絶間姫 『紅葉狩』更科姫

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「道行初音旅」 みちゆきはつねのたび
「川連法眼館」 かわつらほうげんやかた
「鮨屋」
「鳥居前」
『伽羅先代萩』
『三人吉三廓初買』
『義経千本桜』(答)
『勧進帳』

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歌舞伎十八番の『鳴神』『不動』
『毛抜』は、元々1つの作品に
収められた話でしたが、その作品
の名前は『雷神◯◯◯◯◯』?
由縁江戸鑑
道曽北山来
不動我内桜
→不動北山鑑
『雷神不動北山桜』
なるかみふどうきたやまざくら

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次の歌舞伎作品を
歌舞伎十八番に含まれるか
含まれないかで
グループ分けしなさい

含まれる含まれない
助六
伽羅先代萩
義経千本桜

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歌舞伎『紅葉狩』に
登場する姫の名前は
雲の絶間姫である
×
◯更科姫

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歌舞伎十八番の題名の中で
漢字1文字のものは2つですが
それは『暫』と『○』?
○の漢字をひらがなで答えなさい
→うわなり
『嫐』

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歌舞伎の演芸場で、開演30分前に
演奏される鳴物のこと
→ちゃくとう
「着到」

演目解説 > 義経千本桜
引用元:義経千本桜 | 文化デジタルライブラリー http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/exp3/index.jsp

『義経千本桜』(よしつねせんぼんざくら)とは、人形浄瑠璃および歌舞伎の演目のひとつ。五段続、延享4年(1747年)11月、大坂竹本座にて初演。二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作。「大物船矢倉/吉野花矢倉」(だいもつのふなやぐら/よしののはなやぐら)の角書きが付く。通称『千本桜』。源平合戦後の源義経の都落ちをきっかけに、実は生き延びていた平家の武将たちとそれに巻き込まれた者たちの悲劇を描く。
>現行の文楽では原作の浄瑠璃の本文通りの構成で上演されることも多いが(ただし原作の内容を相当カットしている)、歌舞伎では全段を通して上演される機会は少なく、人気のある場面が独立して上演される事が多い。またその場合、場面の名称には以下のように本来の段名とは異なるものが使われる。たとえば四段目の口「道行初音旅」だけを上演する際は『吉野山』、四段目の切「河連法眼館の段」だけを上演する際は『四ノ切』と呼ぶ。
二段目の口 : 伏見稲荷の段 → 『鳥居前』(とりいまえ)
二段目の切 : 渡海屋・大物浦の段 → 『碇知盛』(いかりとももり)
四段目の口 : 道行初音旅 → 『吉野山』(よしのやま)
四段目の切 : 河連法眼館の段 → 『四ノ切』(しのきり)
>伏見稲荷(鳥居前)[編集]
二段目の口。舞台が伏見稲荷の鳥居を前にしているので、この場を通称「鳥居前」という。この後に続く二段目の切「渡海屋・大物浦」は能『船弁慶』の内容をもとにするが、『船弁慶』はその前半に静御前が義経との別れを惜しむ場面があり、静が嘆きつつも義経と別れるこの「伏見稲荷」も、『船弁慶』の内容をもどいて見せているといえる。つまりこの二段目全体が、『船弁慶』の趣向で脚色されている。
>鮓屋[編集]
三段目の切。ここに出てくる釣瓶鮓とは熟れ鮨でありそれを製造販売する店で、もっぱら桶売りを行っている。この鮓に使う桶が話の上で深く関わることになる。
>道行初音旅(吉野山)[編集]
四段目の口。景事(所作事)。浄瑠璃の本文では四段目の冒頭だが、歌舞伎の通し上演では三段目を飛ばして大物浦の場の後に上演されることが多い。吉野へ向かう静御前と佐藤忠信の旅路を描く。しかしこの「吉野山」については、実は原作の浄瑠璃と現行の文楽・歌舞伎の舞台とのあいだに喰い違いがある。現行の文楽・歌舞伎ではいずれも舞台面は桜花爛漫の吉野山であるが、原作の浄瑠璃の本文を読むと桜は咲いていない。
>河連法眼館(四ノ切)[編集]
四段目の切。「河連法眼館」は動物の肉親への情愛を描くことで、肉親同士が争う人間の非道さが浮き彫りになるという構成が優れている。「四ノ切」とは、本来は「五段構成の義太夫浄瑠璃の四段目の切」のことだが、歌舞伎ではこの「河連法眼館」が特に人気で頻繁に上演されるので、単に「四ノ切」といえば本作のこの場面を指すようになった。
引用元:義経千本桜 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E7%B5%8C%E5%8D%83%E6%9C%AC%E6%A1%9C

世継ぎのない天皇からの依頼をうけて、鳴神上人(なるかみしょうにん)は寺院建立を約束に皇子誕生の願をかけ、見事これを成就させる。しかし当の天皇が寺院建立の約束を反故にしたため、怒った上人は呪術を用いて、雨を降らす竜神を滝壷(志明院)に封印してしまう。それからというもの雨の降らぬ日が続き、やがて国中が旱魃に襲われ、民百姓は困りはててしまった。
そこで朝廷では女色をもって上人の呪術を破ろうと、内裏一の美女・雲の絶間姫(くものたえまひめ)を上人の許に送り込む。
>この『鳴神』は貞享元年(1684年)の正月、初代市川團十郎が三升屋兵庫の名で台本を書き江戸中村座の『門松四天王』(かどまつしてんのう)において上演したものが濫觴であるが、現行で上演されているものは、寛保2年(1742年)に大坂で上演された『雷神不動北山桜』(なるかみふどうきたやまざくら)がもとになっている。
引用元: 鳴神 – Wikipedia.

なるかみふどうきたやまざくら【雷神不動北山桜】
歌舞伎狂言。時代物。5段。津打半十郎,安田蛙文,中田万助合作。1742年(寛保2)正月大坂佐渡嶋長五郎座(大西)初演。配役は粂寺弾正・鳴神上人・不動明王を2世市川海老蔵(前の2世団十郎),秦民部・白雲坊を佐渡嶋長五郎,雲の絶間姫を初世尾上菊五郎,文屋豊秀を柴崎民之助,錦の前を中村明石,早雲王子を中村次郎三など。天下旱魃の混乱を利用して謀叛を企てる早雲王子の陰謀を背景に,鳴神上人の朝廷への怨恨,小野春道家のお家騒動などを描く。
引用元: 雷神不動北山桜とは – コトバンク.

歌舞伎十八番
7代目市川團十郎が制定した市川家の歌舞伎十八番物を指すが、それ以前から歌舞伎全体の中の人気演目を指す言葉としてあった。7代目市川團十郎は天保年間に「江戸市川流・歌舞伎狂言組十八番」として制定。「不破、鳴神(なるかみ)、暫(しばらく)、不動、嫐(うわなり)、象引、勧進帳、助六、外郎売(ういろううり)、押戻、矢の根、関羽、景清、七つ面、毛抜、解脱、蛇柳、鎌髭」の十八番。市川團十郎家の芸である荒事(あらごと)の十八番は、多くの人に親しまれた。中でもスーパーマンのような力を示した「暫」は荒事芸の代表作。荒事は、稚気満々で演ずべしとされる。9代目團十郎の薫陶を受けた6代目菊五郎は荒事について教わった言葉として「子供の心持になってし、それで始終丸く見える様に心がけて、見得(みえ)やただ立っている時でも必ず全身に力を込めて両足の親指を上げているのだ」と伝えている。
(山本健一 演劇評論家 / 2007年)
引用元: 歌舞伎十八番とは – コトバンク.

戸隠山へ紅葉狩りに訪れた維茂は、更科姫(さらしなひめ)という姫に出会い、勧められるままに酒を飲みます。やがて更科姫は鬼女の正体をあらわして、酔いつぶれた維茂に襲い掛かりますが、維茂は名刀小烏丸(こがらすまる)によって難を逃れます。
1人の俳優が、前半の「赤姫(あかひめ)」とよばれる典型的なお姫様の姿と、後半の激しい動きで維茂と戦う鬼女の姿を踊り分ける点に見どころがあります。
引用元: 歌舞伎への誘い | 『紅葉狩』.