やつなみちこう


西鉄と東映でプレーした後
熊本工業高校の監督として活躍
八浪知行
やつなみちこう(答)
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八浪 知行(やつなみ ちこう、1930年7月28日 – 2017年9月30日)は、熊本県出身の元プロ野球選手、高校野球指導者、政治家。ポジションは外野手。

来歴・人物
熊本工で1950年のセンバツに出場。同年熊本工業高等学校を中退し、西鉄クリッパースへ入団。1952年に東急フライヤーズから移籍してきた大下弘の自宅で河村久文と共に下宿をしていた。1954年の西鉄初優勝にもムードメーカーとして重要な役割に貢献した。

1956年に大映スターズへ移籍し、同年引退。

1960年に九州学院、1974年から母校である熊本工業高等学校の監督に就任し、春夏合計5回の甲子園出場を果たしている。熊本工に入学した伊東勤(後に埼玉県立所沢商業高等学校へ転校、元西武ライオンズ捕手)を高校2年次まで指導した人物でもある[1]。

政治家としては1971年から熊本市議会議員を1期、また1979年から熊本県議会議員となり2007年に引退するまで7期務めた。1998年には1年間議長を務めた。
引用元:八浪知行 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%B5%AA%E7%9F%A5%E8%A1%8C