水割り


堀江淳のヒット曲『メモリー
グラス』の歌詞に出てきます
(画像出題)
みずわり(答)
70%

【メモリー・グラス/堀江淳】

 果たして声の主は男か女か…。「水割りをくださーい」で始まる、堀江淳が歌う「メモリー・グラス」がラジオから、有線放送から流れるたびに聞き手は、そんなことを思いながら聞いた。女性が主語の曲を、中性的な声で歌い、レコード売り上げ70万枚のヒット。時の人になった堀江はテレビの歌番組に登場。「男だったんだ」と妙に納得した視聴者は多かった。

 実は水割りは飲まない。堀江自身は大の焼酎党。歌手を目指して北海道苫小牧市から札幌へ。そこでライブハウスのバーテンをしながら、時々ステージで歌っていたが、客の女性がよく水割りを注文していたので、それが頭にあって使ったフレーズだった。歩道で信号待ちをしている際に、メロディーとともに浮かんだ詞で、バーテン時代に女性と接する機会が多く、その会話などから歌詞のヒントを得た。

 CBSソニーのオーディションに「ペガサスの朝」をヒットさせた五十嵐浩晃とともに合格し、デビューのきっかけをつかんだ。4月に発売され、CMソングでもテレビ主題歌でもなかったが、北海道の有線放送から火がついた。それが遠く九州に飛び火し、大阪、名古屋と北上。東京で話題になり始めたのは夏場に入ってからだった。

 後に堀江は「メモリー…」のヒットで2000万円が手元に入ったと語っている。税金で800万円持っていかれ、中古車のフェアレディZを買い、引越しを2回するなどしたら、2年ほどでなくなったという。

 ヒット曲に恵まれず、「あの人は今」状態になり、「印税持って東南アジアに移住した」「音楽をやめて故郷の水道局で働いている」、果ては死亡説まで流れる始末。いずれもデマもいいところで、音楽を一から勉強し直し、中森明菜などさまざまなミュージシャンに楽曲を提供。自らもあの独特な声でライブ活動を続けている。
引用元:【1981年8月】メモリー・グラス/水割りは飲まない堀江淳 ヒントはバーテン時代― スポニチ Sponichi Annex 芸能 https://www.sponichi.co.jp/entertainment/yomimono/music/anokoro/08/kiji/K20110817001424660.html

堀江 淳 (ほりえ じゅん、1960年10月19日 – )は、北海道苫小牧市出身のシンガーソングライター。ブライト所属。血液型はA型。身長162cm、体重48kg。

来歴
北海道苫小牧市生まれ。苫小牧南高等学校卒業後、札幌のライブハウスを中心にプロデビューを目指して活動する。日本の元祖歌謡ファンクごちゃまぜポップスバンド米米クラブなどで活躍するパーカッショニストの三沢またろうは中学の同級生。

1979年、CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)の第1回SDオーディションに合格し、1981年、「メモリーグラス」でデビュー。中性的な容姿・声も話題になり、デビューシングルは70万枚の大ヒットを記録する[1]。オリコン最高3位。

1994年、ビクターエンタテインメントへ移籍しアルバム「微風通信」をリリースした後、1998年ユニット「spoon」を結成。ライブ活動やインターネットテレビへの出演、アニメ「ドキドキ♡伝説 魔法陣グルグル」のEDテーマを手がける等の活動を行ったが、2004年に活動休止。

以後、ソロ活動に戻り、ラジオ出演、他ミュージシャンのプロデュース、楽曲提供など地道に活動を続ける。2006年、デビュー25周年。

東京・広尾の交差点で昼間に信号待ちをしている時に「水割りを下さい。涙の数だけ」という歌詞とメロディーが思い浮かび、それを元に「メモリーグラス」という曲を書き上げた(酒を提供する店でアルバイトしていた時期があり、客が「水割りを下さい」という言葉が耳に残っており、そこからインスピレーションを膨らませたという)。既に決定していたデビュー曲を押しのけ「メモリーグラス」でデビューを飾る。

「私は北海道出身。当時、水割りと言えば、ウィスキーの水割り」と述べている。

「メモリーグラス」には水割りが登場するが、「水割りは苦手な堀江淳です」と述べている。飲むのはお湯割り[3]。「水割りをください」と言った事はないと言う。
引用元:堀江淳 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E6%B1%9F%E6%B7%B3