西川美和『蛇イチゴ』『ゆれる』


2002年に宮迫博之主演の映画
『蛇イチゴ』でデビューした
代表作に『ディア・ドクター』や
『ゆれる』がある映画監督は?
蜷村美子
河川実紀
井上直和
西川美和(答)
18%


スピルバーグ監督の映画会社
ドリームワークスによって
リメイクされることになった
是枝裕和監督の映画は?
『誰も知らない』
『そして父になる』(答)
『奇跡』
『空気人形』

西川 美和(にしかわ みわ、1974年7月8日 – )は、日本の映画監督、脚本家、小説家。

経歴[編集]
広島県広島市安佐南区出身[1][2]。浄土真宗(安芸門徒)の根強い地域に生まれ育つ[3]。しかし、中学・高校はカトリックのノートルダム清心中学校・高等学校に通う[4]。早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業。卒論の題名は「地獄絵の東西比較」だった[3]。学生時代より、映画製作を志し、映画制作会社などの就職面接を受けるも、ことごとく落ちるが、テレビマンユニオンの面接担当だった是枝裕和監督に意気込みを見出され、映画『ワンダフルライフ』にフリーのスタッフとして参加する。以後、諏訪敦彦監督の『M/OTHER』など、様々な日本映画の現場で活動した。
2002年、自作脚本のブラックコメディ『蛇イチゴ』(主演:宮迫博之)で監督デビュー。日本の典型的な家族の崩壊をシニカルに描いた同作は、第58回毎日映画コンクール・脚本賞、”最も将来性を期待できる監督に与えられる”新藤兼人賞ほか、その年の数々の国内映画賞の新人賞を受賞する。製作は是枝裕和。

引用元:西川美和 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B7%9D%E7%BE%8E%E5%92%8C

早稲田大学在学中、是枝裕和監督「ワンダフルライフ」(99)にスタッフとして参加し、大学卒業後はフリーランスの助監督として4年間活動。2002年、オリジナル脚本の「蛇イチゴ」で映画監督デビューした。長編2作目「ゆれる」(06)は第59回カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品され、日本国内では9カ月のロングランヒットを記録。僻地医療を題材にした「ディア・ドクター」(09)では第83回キネマ旬報ベスト・テン第1位に輝くなど、高い評価を得る。長編4作目「夢売るふたり」も含め、オリジナル脚本の長編映画を撮り続ける一方で、小説やエッセイを執筆し、「ディア・ドクター」のための取材をもとにした小説「きのうの神様」は第141回直木賞候補に選出される。16年の「永い言い訳」は、映画製作より先行して出版した同名小説が第154回直木賞候補となり、それを自身のメガホンで映画化する形となった。
引用元:西川美和 – 映画.com http://eiga.com/person/54917/

1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(99)にスタッフとして参加。フリーランスの助監督として活動後、02年に平凡な一家の転覆劇を描いた『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。第58回毎日映画コンクール・脚本賞ほか。
06年、対照的な性格の兄弟の関係性の反転を描いた長編第二作『ゆれる』を発表し、第59回カンヌ国際映画祭監督週間に出品。国内で9ヶ月のロングラン上映を果たし、第58回読売文学賞戯曲・シナリオ賞ほか。また撮影後に初の小説『ゆれる』を上梓した。
09年、僻地の無医村に紛れ込んでいた偽医者が村人からの期待と職責に追い込まれてゆく『ディア・ドクター』を発表。本作のための僻地医療の取材をもとに小説『きのうの神さま』を上梓。
11年、伯父の終戦体験の手記をもとにした小説『その日東京駅五時二十五分発』を上梓。12年には火災で一切を失った一組の夫婦の犯罪劇と、彼らに取り込まれる女たちの生を描いた『夢売るふたり』を発表。
15年、小説『永い言い訳』を上梓、初めて原作小説を映画製作に先行させた。16年、映画『永い言い訳』を発表。
連載中のエッセイに、「映画にまつわるxについて」(J-novel/実業之日本社)、「遠きにありて」(Sports Graphic Number/文藝春秋)がある。
引用元:西川美和 | プロフィール | 株式会社 分福 http://www.bunbukubun.com/profile_2.html