大門で止められる『明烏』



落語の有名な落ちで
「見ただけで憶えてなさる」
といえば『あくび指南』ですが

「大門で止められる」といえば
どんな演目?
『火焔太鼓』
『青菜』
『明烏』(答)あけがらす
『あくび指南』
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落語の有名な落ちで
「見ただけで憶えてなさる」
といえば『あくび指南』ですが

「また夢になるといけねぇ」
といえばどんな演目?
『芝浜』(答)

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ある人にあくびのやり方を
教わりに行くという内容の
落語の演目は『あくび◯◯』?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
しなん
『あくび指南』
引用元:『あくび指南』落語の演目 http://seethefun.net/%E8%8A%B8%E8%83%BD/8442/

『あくび指南』(あくびしなん)とは古典落語の演目の一つである。主な噺家は柳家小せんなどがいる。別名『あくびの稽古』。

>八五郎は、半ば八つ当たり気味にたたき起こされ、「お前らは稽古してるからいいけどよぉ…見てる俺は…退屈で退屈でならねぇんだよ。」とあくびを一発… これを見ていた先生は「あら?お連れさんの方が、御器用だ…」
引用元:あくび指南 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%8F%E3%81%B3%E6%8C%87%E5%8D%97

明烏(あけがらす)は、落語の演目の一つ。新内節の「明烏夢泡雪」を下敷きにしており、内容がそっくりそのまま吉原へのいわば「入門テキスト」になっている。

>題に使われている「明烏」とは明け方に鳴くカラスのことで、男女の交情の夢を破る、つれないものを意味する[1]。また、新内の明烏夢泡雪は安永元年(1772年)に初世鶴賀若狭掾が実際にあった情死事件を吉原の遊女浦里と春日屋時次郎の情話として脚色したもので[2]、両想いになった二人が引き裂かれ、最後に心中するという筋立て[3]。

>戸口に立った二人が出くわしたのは、「男女の理」というものを一夜とっくりと思い知らされ、花魁の魅力にすっかり骨抜きにされた時次郎。一方の花魁も、時次郎のあまりにうぶなところが気に入ってしまい、初見から惚れ込んで離さないという始末。遊び人たち、あまりの事態に閉口する。
時次郎が(花魁に離して貰えず)布団から出てこないので、クサって「帰りましょうや」と言う源兵衛と多助に、「勝手に帰りなさいな、大門で袋叩きにされるよ」
引用元:明烏 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E7%83%8F

火焔太鼓(かえんだいこ)は古典落語の演目の一つ。

>甚兵衛が屋敷に太鼓を持参し、殿様に見せると、たちまち売約が成立する。殿様によれば、自分は目利きであり、この太鼓は国宝級の価値ある名品「火焔太鼓」だという。なんと三百両で買うという。甚兵衛は、腰を抜かし、出された金を百五十両まで数えたところで泣きだす始末。
三百両をふところに入れ、興奮して家に飛んで帰った甚兵衛は、妻に五十両ずつ叩きつけて溜飲を下げる。妻は金を叩きつけられる度に仰天して、危うく気絶しそうになる。
これに味をしめた甚兵衛は、「音がするものだから良かった。次は景気よく火の見櫓の半鐘を仕入れよう」と妻に言うと、妻はそれを押しとどめて、
「半鐘はいけないよ、おジャンになるから」
引用元:火焔太鼓 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E7%84%94%E5%A4%AA%E9%BC%93

青菜(あおな)は、古典落語の演目の一つ。

>客人が来たと勘違いした植木屋が辞去しようとすると、隠居は押しとどめ、「青菜は食べてしまってもうない、と言うのはみっともないので、妻は『菜も食らう』ほうがん、と、源義経にかけた洒落言葉で言ったのだ。私は、それなら『良し』つね、と返事をしたというわけだ」
隠居夫婦の上品なやりとりに感心した植木屋は、自分も来客が来た際に活用しようと思い立って、長屋に飛んで帰り、自分の妻にこれを教える。折りしも友人が風呂に誘いにやって来るので、さっそく再現しようと、急いでありあわせのもので酒と酒肴の用意をするが、植木屋の長屋には座敷と台所を隔てるものがなく、手をたたいて妻を呼び出すところがうまく再現できない。困った植木屋は、妻を押し入れに放り込んでしまう。

>植木屋は、やって来た友人に「植木屋さん。精が出ますな」と声をかける。「植木屋はおまえじゃないか。俺は大工(あるいは建具屋)だ」「冷えた柳蔭をご馳走しよう」「これは生ぬるいし、濁酒だろう」「この鯉の洗いを……」「これはおから(あるいはイワシの塩焼き)じゃないか」「植木屋さん」「植木屋はおまえだ」「青菜は好きか」「俺は青菜は嫌いだ」
困った植木屋が「そんなこと言わずに『食う』と言ってくれ」と泣き出すので、友人がしかたなく「食う」と言うと、植木屋は手をたたいて、「奥や! 奥や!」と叫ぶ。すると、ホコリやクモの巣を顔に引っ掛けた妻が、汗をかきながら押し入れから転げ出てきて、友人は腰を抜かす。妻は息を切らせながら「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官義経」と続けざまに言ってしまい、植木屋の言うことがなくなってしまう。困った植木屋は、
「……弁慶にしておけ」
引用元:青菜 (落語) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E8%8F%9C_(%E8%90%BD%E8%AA%9E)

『芝浜』(芝濱、しばはま)は古典落語の演目の一つ。三遊亭圓朝の作とされるが不確か。3代目桂三木助の改作が有名。三木助による名演以降、夫婦の愛情を暖かく描いた屈指の人情噺として知られるようになった。大晦日に演じられることが多い。また、5代目三遊亭圓楽が生前最後に演じた演目でも知られる。

>天秤棒一本で行商をしている、魚屋の勝は、腕はいいものの酒好きで、仕事でも飲みすぎて失敗が続き、さっぱりうだつが上がらない、裏長屋の貧乏暮らし。その日も女房に朝早く叩き起こされ、嫌々ながら芝の魚市場に仕入れに向かう。しかし時間が早過ぎたため市場はまだ開いていない。誰もいない、美しい夜明けの浜辺で顔を洗い、煙管を吹かしているうち、足元の海中に沈んだ革の財布を見つける。拾って開けると、中には目をむくような大金[1]。有頂天になって自宅に飛んで帰り、さっそく飲み仲間を集め、大酒を呑む。
翌日、二日酔いで起き出した勝に女房、こんなに呑んで支払いをどうする気かとおかんむり。勝は拾った財布の金のことを訴えるが、女房は、そんなものは知らない、お前さんが金欲しさのあまり、酔ったまぎれの夢に見たんだろと言う。焦った勝は家中を引っ繰り返して財布を探すが、どこにも無い。彼は愕然として、ついに財布の件を夢と諦める。

>あの日、勝から拾った大金を見せられた妻は困惑した。十両盗めば首が飛ぶといわれた当時、横領が露見すれば死刑だ。長屋の大家と相談した結果、大家は財布を拾得物として役所に届け、妻は勝の泥酔に乗じて「財布なぞ最初から拾ってない」と言いくるめる事にした。時が経っても落とし主が現れなかったため、役所から拾い主の勝に財布の金が下げ渡されたのであった。
事実を知り、例の財布を見せられた勝はしかし妻を責めることはなく、道を踏み外しそうになった自分を真人間へと立直らせてくれた妻の機転に強く感謝する。妻は懸命に頑張ってきた夫の労をねぎらい、久し振りに酒でも、と勧める。はじめは拒んだ勝だったが、やがておずおずと杯を手にする。「うん、そうだな、じゃあ、呑むとするか」といったんは杯を口元に運ぶが、ふいに杯を置く。「よそう。また夢になるといけねえ」
引用元:芝浜 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E6%B5%9C