ラ・ムー『青山Killer物語』 『TOKYO野蛮人』


『青山Killer物語』
『TOKYO野蛮人』
『少年は天使を殺す』
『愛は心の仕事です』
ザ・ヴィーナス
ラ・ムー(答)
シモンズ
シュガー
50%

ラ・ムーとは、1988年に当時アイドルであった菊池桃子と、フュージョングループ“プリズム”のサポートミュージシャンとしても知られるキーボーディストの松浦義和が中心となり、結成されたバンド。アルファベットでは”RAMU”と表記される。

>しかし、1987年7月発売の「Nile in Blue」ではオリコンチャート最高2位止まりに終わり、8作連続のオリコン首位獲得はならなかった。さらに同年10月発売の「ガラスの草原」はオリコン最高4位まで下がり、レコード売上枚数も10万枚を割るなどで[2]、菊池自身歌手としての人気に陰りが見え始めていた。一方、幼少時からピアノを習い、デビュー以前はピアノを弾きながら歌うことを趣味としていた菊池は、デビュー以降の出来上がった楽曲をただ歌うだけの活動には違和感を感じており、大学進学を機に制作の早い段階から関与したい、という思いを強めていた[3]。こうした菊池の希望を反映するには、バンドを組んでやるのがよいとの判断から、1987年末にバンド結成が決定した[4]。
1988年2月17日、菊池は赤坂プリンスホテルにおいて単独記者会見を行い、今後は新たに結成するロックグループ「ラ・ムー」のボーカルとして歌手活動を行う、と発表した[5]。

シングル[編集]
1988年
2月24日 – 愛は心の仕事です/水のシルクロード
6月8日 – 少年は天使を殺す/片思い同盟
7月27日 – TOKYO野蛮人/Silent Summer Sea
1989年
2月8日 – 青山Killer物語[15]/オリエンタル・プレイボーイ
引用元:ラ・ムー (バンド) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%BC_(%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89)