「名取」師匠から芸名を許されること

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日本舞踊などで、師匠から
一人前になったとして芸名を
許されることを何という?
ひらがな3文字で答えなさい
なとり(答)
「名取」
43%

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日本舞踊における
「五大流派」に一つです
若柳流
わかやぎりゅう(答)

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阿波踊りで
「踊る阿呆に見る阿呆~」と
唄われるお囃子を何という?
かこきよの
あるみしろ
よしこの(答)

名取(なとり)
芸道において一定の技能を修得して師匠より芸名を許されること、許された人。また、その芸名のことを名取名という。
引用元:名取 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%96

な‐とり【名取】

1 芸道で、一定の技能を修得し、家元・師匠から芸名を許されること。また、その人。「踊りの名取」
2 評判の高いこと。名高いこと。また、その人。
「かの偏屈者の―の謹次氏」〈蘆花・思出の記〉
「東西南北の遊所から、―の美人をうけ出して」〈黄・見徳一炊夢〉
なとり【名取】

宮城県中南部の市。中心の増田はもと奥州街道の宿場町。植松には雷神山古墳がある。仙台市の南にあり、住宅地化が進む。人口7.3万(2010)。
引用元:名取(ナトリ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%90%8D%E5%8F%96-589115

日本舞踊(にほんぶよう)は、日本のいわゆる伝統的な踊りの総称である。日本の伝統的なダンスである舞(まい)と踊(おどり)を合わせたもの。 近年、日本舞踊の国際化に伴い欧米諸国やアジアにも Nihombuyo といった呼称が定着しつつある。

>「舞踊」とは、明治のはじめに劇作家の坪内逍遥と福地桜痴が考案した翻訳造語の一つで、本来は英語の dance の和訳にあたる。
造語の種類としては「田畑」や「恋愛」と同じ複合語にあたり、日本語の「舞」(まひ)と「踊」(をどり)の二字を結合したもの。逍遥が自著『新楽劇論』(明治37年)でこの語を多用したことから読者を通じて一般に広まった。
やがて日本伝統の「舞踊」をダンスの翻訳語である「舞踊」と区別する必要性から、「日本の舞踊」という表現が用いられるようになり、これが定着して今日に至る。

>五大流派[編集]
「五大流派」と呼ばれる流派は以下の通り。

花柳流(はなやぎりゅう)
嘉永2年(1849年)、花柳壽輔が創始。花柳壽輔は四代目西川扇蔵に学び、歌舞伎舞踊の振付師として重きをなした。初め子女の習い事として浸透したが、現在では組織力の強さで名取約1万5000名を擁する最大の流派となっている。

藤間流(ふじまりゅう)
宝永年間に初代藤間勘兵衛が創始。のち茅場町の勘十郎家と浜町の勘右衛門家家に分かれる。また勘右衛門家からは三世藤間勘右衛門(七代目松本幸四郎)が出て松本流を派生させている。

若柳流(わかやぎりゅう)
明治26年(1893年)、初代花柳壽輔の門から出た花柳芳松が若柳吉松(のち若柳壽童)と改名して創始。花柳界で発展したため手振りが多く、品のある舞踊である。

西川流(にしかわりゅう)
元禄年間に始まり、二代目西川仙蔵が確立。300年の歴史をもつ。

坂東流(ばんどうりゅう)
化政期を代表する歌舞伎役者、三代目坂東三津五郎を流祖とする。三代目三津五郎は江戸歌舞伎きっての舞踊の名手で、所作事に多くの名作を残した。単に踊るだけのそれではなく、作品を常に演劇的にとらえ、“演じる”ことを大切に扱うところに特徴。
引用元:日本舞踊 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%9E%E8%B8%8A

あわおどり【阿波踊り】

徳島市近辺の盆踊り。数十人が連れんを組み,三味線・笛・鉦かね・太鼓の囃子はやしに乗って町中を踊り歩く。唄は熊本県の「牛深はいや節」系統のものであったが,大正初期には江戸後期のはやり唄「よしこの節」に替えられた。
引用元:阿波踊り(あわおどり)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E8%B8%8A%E3%82%8A-200123

よしこのぶし【よしこの節】

江戸時代の流行歌(はやりうた)。文政(1818‐30)の初めごろ,江戸の街を流していた飴売(あめうり)が潮来節(いたこぶし)を歌い,終りに〈コリャマタヨシコノ ベコシャラベコシャラ ヨシコノヨシコノ〉と囃したてた。それを変化させて,二上りの三味線で歌いだしたのが《よしこの節》の起りになっている。まもなく本調子に変わって,その旋律が清元の《子守》(1823)のなかに入り〈わたしゃどうでもこうでもあの人ばかりはあきらめられぬ じゃによって讃岐(さぬき)の金比羅(こんぴら)さんへ願でもかけましょか〉と,いまも歌い継がれている。
引用元:よしこの節(ヨシコノブシ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%93%E3%81%AE%E7%AF%80-654142#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89