『粗忽長屋』死体を自分と誤認「自分の死体を抱く俺は誰?」

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主人公はそそっかしい男
浅草の雷門が舞台
生(行)き倒れた謎の男
「抱いている俺は誰だろう」
『金明竹』
『酢豆腐』
『粗忽長屋』(答)
『火焔太鼓』


知ったかぶりの人を馬鹿にするときにも使われる落語の演目は?
酢豆腐(答)


上方落語では『ちりとてちん』という名前の落語の演目の江戸落語での名前は『◯◯◯』?
すどうふ(答)
『酢豆腐』

粗忽長屋(そこつながや)は、古典落語の演目の一つ。
>浅草観音詣でに来た八五郎は、道端に人だかりができているのを見つける。昨晩ここで身元不明の行き倒れが出たので、役人たちが通行人に行き倒れの死体を見せて知り合いを探しているのだ。
八五郎は死人の顔を見るなり、「こいつは同じ長屋の熊五郎だ。そういえば今朝こいつは体の具合が悪いと言っていた」と言い出す。役人たちは「この行き倒れが死んだのは昨晩だから、今朝会ったというお前の友達とは別人だ」と言うが、八五郎は聞く耳を持たず、「これから熊五郎本人を呼んでくる」と言い残してその場を立ち去る。
急いで長屋に戻った八五郎は、熊五郎をつかまえて「浅草寺の近くでお前が死んでいたよ」と告げる。熊五郎は、「人違いだ。俺は生きている」と反論するが、八五郎に「お前は粗忽者だから自分が死んだことにも気が付かないんだ」などと言われているうちに、自分が本当に死んだのだと納得してしまう。熊五郎は自分の死体を引き取るために八五郎に付き添われて浅草観音へ向かう。
引用元:粗忽長屋 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%97%E5%BF%BD%E9%95%B7%E5%B1%8B

『粗忽長屋』のくだりで、この図式にのっとれば、「行き倒れ=俺」が成り立つという前提を受け入れてしまったということになる。

つまり、「行き倒れ=俺」が成り立ち、かつ、「俺=抱かれている行き倒れ」が成り立つ。したがって、「行き倒れ=抱かれている行き倒れ」ということになる。

これは論理的に正しい。噺の事実としても正しい。実際、「行き倒れ」は、「抱かれている行き倒れ」に間違いないからだ。

だが、やはりおかしく感じる。俺はどこに行ったんだ。とくに今行き倒れを抱いている俺は。

こうなってしまうのは、初めに誤った前提を受け入れてしまったからだ。こんなふうに、前提が正しくないと、形式が正しくても、推論はおかしな結果をはじき出す。抱かれているのは間違いなく俺だが、抱いてる俺は誰なのだろう、と。落語の中でも特に奇妙な噺である『粗忽長屋』の出来上がりである。
引用元:第17回 『粗忽長屋』を笑える知性 | やわらかな知性~認知科学から視た落語~ — dZERO http://dze.ro/columns/12238

金明竹(きんめいちく)は古典落語の演目の一つ。主に東京で広く演じられる。『錦明竹』とも表記する。
>骨董屋(古美術店)を舞台とした滑稽噺。店の小僧と客のおかしなやり取りを描いた前半部および、小僧と店主の妻が上方者の難解な言葉に振り回される後半部の二部構成となっており、多くは後半部のみ演じられる。
前半は狂言の『骨川』。後半は初代林屋正蔵が1834年(天保5年)に出版した自作落語集『百歌撰』中の「阿呆の口上」が元になっている。作者は初代石井宗叔の作とされる。
噺の構成のシンプルさに比して、後半に登場する上方者のセリフは非常に難解なものである。そのため同演目には、語感の面白おかしさで笑わせるだけではなく、滑らかで明朗な発話をする、という落語家の基礎的な技量を図るノルマとしての一面があり、前座の落語家が口を鍛えるために同演目を演じることが慣習となっている。最初に『寿限無』を覚えて、それがすらすらと暗唱できるようになったら『金明竹』へ進む、というのが修行のセオリーであるという。
引用元:金明竹 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%98%8E%E7%AB%B9

酢豆腐(すどうふ)は、落語の演目。ここでは、派生した「あくぬけ」、上方落語の「ちりとてちん」についても記述する。
原話は、江戸時代中期の1763年(宝暦13年)に発行された『軽口太平楽』の一編である「酢豆腐」。これを、明治時代になって初代柳家小せんが落語として完成させた。8代目桂文楽が十八番にした。さらに、3代目柳家小さんの門下生だった初代柳家小はんが改作した物が、後述する「ちりとてちん」で、これは後に大阪へ「輸入」され、初代桂春団治が得意とした。この「ちりとてちん」は後にもう一度東京へ「逆輸入」され、桂文朝等が使っていたのをはじめ、現在では、柳家さん喬や柳家花緑らも演じており、東京の寄席でもなじみのある噺となっている。
>そのときの会話から、昨夜豆腐を買ってあったことを兄貴分が思い出したが、せっかくの豆腐は与太郎が夏場にもかかわらずねずみいらずの中にしまったせいで、腐ってしまっていた。手遅れの豆腐を前に頭をかかえる一同。
と、家の前を伊勢屋の若旦那が通りかかった。この若旦那、知ったかぶりの通人気取り、気障で嫌らしくて界隈の江戸っ子達からは嫌われ者。シャクだからこの腐った豆腐を食わせてしまおうと一計を案じる。
呼び止めておだて上げて引き入れ、「舶来物の珍味なんだが、何だかわからねえ。若旦那ならご存知でしょう」と悲惨な豆腐を出す。すると若旦那は知らないとも言えないから「これは酢豆腐でげしょう」と知ったかぶる。うまいこともちあげられた末に目はぴりぴり、鼻にはツンとしながらとうとう一口。何とも言い難い表情。
「若旦那、もう一口如何ですか?」「いや、酢豆腐は一口に限りやす。」
引用元:酢豆腐 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%A2%E8%B1%86%E8%85%90

火焔太鼓(かえんだいこ)は古典落語の演目の一つ。
>甚兵衛が屋敷に太鼓を持参し、殿様に見せると、たちまち売約が成立する。殿様によれば、自分は目利きであり、この太鼓は国宝級の価値ある名品「火焔太鼓」だという。なんと三百両で買うという。甚兵衛は、腰を抜かし、出された金を百五十両まで数えたところで泣きだす始末。
三百両をふところに入れ、興奮して家に飛んで帰った甚兵衛は、妻に五十両ずつ叩きつけて溜飲を下げる。妻は金を叩きつけられる度に仰天して、危うく気絶しそうになる。
これに味をしめた甚兵衛は、「音がするものだから良かった。次は景気よく火の見櫓の半鐘を仕入れよう」と妻に言うと、妻はそれを押しとどめて、
「半鐘はいけないよ、おジャンになるから」

>作中に出てくる太鼓は「楽太鼓」と呼ばれる雅楽に使う種類で、平たい形状の、垂直に立てて演奏するものである。3メートルを越えるものから、神社・仏閣で使われる持ち運びにも適した小型のものまで様々な大きさがある。
サゲの「おジャンになる」とは、物事が途絶するという意味で、火事が鎮火したとき、半鐘を一点だけ打ったことに由来する言葉である。
引用元:火焔太鼓 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E7%84%94%E5%A4%AA%E9%BC%93