白浪物(盗賊を主人公とした世話物)『小袖曾我薊色縫』こそでそがあざみのいろぬい 『蔦紅葉宇都谷峠』つたもみじうつのやとうげ 丸本物(元は人形浄瑠璃)『妹背山婦女庭訓』いもせやまおんなていきん 『義経千本桜』よしつねせんぼんざくら

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『小袖曾我薊色縫』こそでそがあざみのいろぬい
『蔦紅葉宇都谷峠』つたもみじうつのやとうげ
『三人吉三廓初買』さんにんきちさくるわのはつがい
『青砥稿花紅彩画』あおとぞうしはなのにしきえ
黒子物
丸本物
白浪物(答)
デンデン物


『妹背山婦女庭訓』いもせやまおんなていきん
『義経千本桜』よしつねせんぼんざくら
『仮名手本忠臣蔵』かなでほんちゅうしんぐら
『菅原伝授手習鑑』すがわらでんじゅてならいかがみ
丸本物(答)

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歌舞伎で庶民の生活を題材とした
作品のことを「世話物」と
いいますが

元々人形浄瑠璃の作品を歌舞伎に
したものを「◯◯物」という?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
まるほん(答)
「丸本物」

世話物の中でも特に現実味のある話を題材にしたものを「◯◯◯物」という?
きぜわ
「生世話物」

公家や武家社会を題材にした作品を◯◯物という?
じだい
「時代物」

能舞台をまねた舞台で上演する作品のことを「◯◯◯物」という?
まつばめ
「松羽目物」

白浪物(しらなみ もの)とは歌舞伎の演目のうち、盗賊を主人公とした一連の世話物の演目の通称。特に二代目河竹新七(黙阿弥)作の演目をさすことが多い。
引用元:白浪物 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%B5%AA%E7%89%A9

丸本物(まるほんもの)

人形浄瑠璃(文楽)の戯曲を、義太夫節を使って歌舞伎用に改訂したもの。人形浄瑠璃戯曲を1曲丸ごと収めた版本を丸本と呼んだことに由来。院本物、義太夫物、竹本劇とも言う。三味線音楽に乗って舞踊的な演技をする「くどき」など、人形振の演技が歌舞伎に移入された。初代市川團十郎が金平浄瑠璃に触発されて荒事芸を集大成したように、浄瑠璃の歌舞伎への影響は大きかった。18世紀初頭に近松門左衛門が書いた浄瑠璃「国性爺合戦」が大ヒットし、歌舞伎化されたのが、丸本物ブームのはしりとされる。
(山本健一 演劇評論家 / 2007年)
引用元:丸本物(まるほんもの)(まるほんもの)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E4%B8%B8%E6%9C%AC%E7%89%A9(%E3%81%BE%E3%82%8B%E3%81%BB%E3%82%93%E3%82%82%E3%81%AE)-186298

小袖曾我薊色縫
こそでそがあざみのいろぬい

歌舞伎狂言。世話物。4幕。2世河竹新七 (→河竹黙阿弥 ) 作。安政6 (1859) 年江戸市村座初演。通称『十六夜清心 (いざよいせいしん) 』。盗賊鬼坊主清吉をモデルに,安政2 (55) 年に起きた千代田城御金蔵破りをあてこんだ作品。
引用元:小袖曾我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%B0%8F%E8%A2%96%E6%9B%BE%E6%88%91%E8%96%8A%E8%89%B2%E7%B8%AB-65014

蔦紅葉宇都谷峠
つたもみじうつのやとうげ

歌舞伎狂言。世話物。5幕 12場。2世河竹新七 (→河竹黙阿弥 ) 作。安政3 (1856) 年江戸市村座初演。通称「文弥殺し」。4世市川小団次と黙阿弥の提携を強めた作で,小団次は文弥と堤婆の仁三の二役をつとめた。
引用元:蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%94%A6%E7%B4%85%E8%91%89%E5%AE%87%E9%83%BD%E8%B0%B7%E5%B3%A0-99262

三人吉三廓初買
さんにんきちさくるわのはつがい

歌舞伎狂言。7幕。河竹黙阿弥作。安政7 (1860) 年,江戸市村座で初演。義兄弟の約束を結んだ和尚吉三,お坊吉三,お嬢吉三という3人の盗賊,これにまつわる百両の金の因縁話,安森家のお家騒動などをからませて脚色した。
引用元:三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E4%B8%89%E4%BA%BA%E5%90%89%E4%B8%89%E5%BB%93%E5%88%9D%E8%B2%B7-71277

あおとぞうしはなのにしきえ【青砥稿花紅彩画】

歌舞伎狂言。世話物。5幕8場。通称《弁天小僧》《白浪五人男》。河竹黙阿弥作。1862年(文久2)3月江戸市村座で,弁天小僧を13世市村羽左衛門(後の5世尾上菊五郎),日本駄右衛門を3世関三十郎,南郷力丸を4世中村芝翫(しかん)らが初演。3世歌川豊国の役者見立絵にヒントを得て,在来の日本駄右衛門らの人名をつかい,青砥藤綱をからませた白浪物。序幕鎌倉初瀬寺(はせでら)と2幕目御輿ヶ岳(みこしがたけ)では,弁天小僧菊之助,南郷力丸,忠信利平,赤星十三郎が日本駄右衛門を首領とする五人組盗賊団をつくる経緯が描かれるが,眼目は3幕目〈浜松屋の場〉以下。
引用元:青砥稿花紅彩画(アオトゾウシハナノニシキエ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%9D%92%E7%A0%A5%E7%A8%BF%E8%8A%B1%E7%B4%85%E5%BD%A9%E7%94%BB-422336