【ララムリ】パパ・タラフマラ


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1982年に小池博史らによって
結成され、メキシコにある秘境の
名前にちなんで名づけられた
パフォーミングアーツ集団は何?
ラパタフパラマ・
パパ・タラフラマ(答)
Pappa TARAHUMARA
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パパ・タラフマラ(Pappa TARAHUMARA)は、日本の劇団、ダンス・カンパニー。演出家の小池博史を中心に1982年に結成し、30年にわたって国内外で公演活動を続けた。略称は「パパタラ」。2012年3月解散公演を終了し[1]、小池博史の個人プロジェクト「小池博史ブリッジプロジェクト」へと移行した [2][3]。

概要
1982年、小池博史を中心に一橋大学、武蔵野美術大学出身者を集め、タラフマラ劇場の名称で結成された。1987年、パパ・タラフマラに改めた。「タラフマラ」はアントナン・アルトーの著書『タラフマラ』に書かれているメキシコの秘境「タラフマラ」から取られた[4]。「パパ」には、何かをリードしていく、あるいは文化の先頭に立ちたいという思いが包含されている[5]。
引用元:パパ・タラフマラ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%91%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%A9

ララムリ、つまりタラフマラ族はメキシコ北西部のアメリカ州の先住民族であり、長距離走の能力に秀でてるとして有名である[1][2]。

16世紀のスペイン探検家の上陸により、チワワ州の固有の先住民であるタラフマラ族の多くはシエラ・マドレ・オクシデンタルに位置するバランカ・デル・コブレ(英:Copper Canyon)のような高シエラ(シエラとは、のこぎり状の山脈のこと。スペイン語:sierra)や峡谷に退避した[3]。タラフマラ族が現在居住するシエラ・マドレ・オクシデンタルの地域は、彼らの存在からシエラ・タラフマラとも呼ばれている。

2006年の調査では、タラフマラ族の人口は5万~7万と見られている。

ララムリとは
タラフマラ語において、ララムリ(rarámuri)という単語は特に男性を言及しており、女性については単数の場合はムキ(mukí) 、複数の場合はオムギ(omugí) または イゴマレ(igómale)が相当する。 ララムリという言葉はタラフマラ語で”はだしのランナー”または”速く走るもの”を意味するものとして、ノルウェーのカール・ルムホルツ(英語版)(Carl Lumholtz)などの初期の民族誌学者が紹介したが、この翻訳は正確ではない。現在では、ララムリ=タラフマラ族として解釈・認識されるようになった。
引用元:タラフマラ族 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%A9%E6%97%8F

“速さの秘密は日々の生活にあった”

「ララムリ」は、現地語で「走る民族」という意味。
彼らはその昔、他の民族の支配を避けるため、山奥に逃げ込み、
隠れるようにして生きてきた。
現在でも閉鎖的で人見知りな人が多いのはその名残と言われている。

ララムリは山奥で走る力を身につけた。
彼らが世界に知られたのは1996年。アメリカ・ロサンゼルスの160キロを走る
ウルトラマラソンに突如現れ、優勝と上位を独占。

以来、「世界一長距離走が得意な民族」と呼ばれ、様々なレースで結果を残してきた。
男性も女性も、伝統衣装のスカート、サンダルを履いて走る。
ロレーナさんもそんなララムリの一人だったのだ。

そういえば、彼らは走る練習をしている様子はない。
走りの強さの秘密は、練習ではなく毎日の仕事にあるのだという。

水道のない彼らは1日1回、生活に必要な水を往復2キロかけて山まで汲みに行く。
水場までは超険しい山道。途中からはさらに傾斜が急になるため歩いて登る。
標高2000メートルを越えるので酸素も少なく、見た目以上にきつい。

彼女はスイスイ歩いて行くが、スタッフはそうはいかない。
帰りはポリタンク1つに20リットルを入れ、それを背中に背負いながら帰っていく。

さらに、薪集めに往復2キロ。
まだまだある、家畜のヤギの放牧におよそ8キロを歩く。
1日合計12キロの超険しい山歩き。

彼女は6歳の頃からこんな生活を続けている。
日々の生活が心肺機能を高め、高地トレーニングになっているのだ。
これだけでマラソンの練習なしで優勝してきた。
引用元:走る民族・ララムリ|ザ!世界仰天ニュース|日本テレビ http://www.ntv.co.jp/gyoten/backnumber/article/20170808_03.html