北条民雄『いのちの初夜』大正生まれの作家・ハンセン病療養所 山田泉「いのちの授業」乳がん体験・元養護教諭

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自身のハンセン病療養所での
経験を元にして書いた小説
『いのちの初夜』で有名な
大正生まれの作家は?
山ニ司北竜
南城雄条民
→北条民雄

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乳がんを克服した体験を元に
2002年より「いのちの授業」
に取り組んだことで有名な
大分県出身の元養護教諭は?
泉田中優
山香林子
→山田泉

北条 民雄(ほうじょう たみお、正しい表記は「北條民雄」、1914年9月22日 – 1937年12月5日)は小説家。ハンセン病となり隔離生活を余儀なくされながら、自身の体験に基づく名作『いのちの初夜』などを遺した。本名:七條晃司(しちじょう こうじ)。
>1936年、『いのちの初夜』により第2回文學界賞を受賞。その他に『癩家族』『癩院受胎』などの作品を遺したが、結核のため夭折した。
2014年、ハンセン病に対する偏見、差別により本名は公表されていなかったが、出身地の阿南市が親族に20年間に渡って本名を公開するように説得、6月親族の了承を得て、没後77年経ってようやく本名が公開された[1]。
引用元: 北条民雄 – Wikipedia.

「いのちの初夜」(いのちのしょや)は、北条民雄が『文學界』(1936年2月号)に発表し、第2回の文學界賞を受賞した短編小説である。ハンセン病の診断を受け、療養施設に入所してからの1週間に起きた出来事や、感じたことを、手記風にまとめた私小説である。作品の冒頭でその施設を、「東京から二十マイルそこそこの」と記述してあり、彼が入所した東京府北多摩郡東村山村の全生園とほぼ一致することから、彼の実体験がかなりの比重を占めているものと思われる。
引用元: いのちの初夜 – Wikipedia.

青空文庫
いのちの初夜
北條民雄
北條民雄 いのちの初夜.

山田 泉(やまだ いずみ、1959年3月28日 – 2008年11月21日)は、大分県豊後高田市出身の養護教諭。旧姓は土谷。
>生家は和菓子店を営んでいた。1979年から養護教諭として大分県内の小中学校に勤務していた。
豊後高田市立田染中学校に勤務していた2000年2月、乳がんを発症し、休職して手術を受けた。2002年4月に復職し、自らの体験をもとに「いのちの授業」に取り組んだ。
しかし、2005年11月にがんが再発。再び手術を受けるために、休職。2006年10月に復職したが、体力的限界から2007年3月退職した。退職後も、全国各地の学校に招かれ講演会などを続けていたが、2008年11月21日に大分市内の病院で死去した。49歳だった。
引用元: 山田泉 (教育者) – Wikipedia.

映画ご縁玉

乳がんを患う元養護教諭の住む大分県豊後高田市にパリ在住のチェリストが会いに行った交流を描いたドキュメンタリー映画。江口方康監督。主人公の元養護教諭山田泉さんは11月21日、49歳で死去。「ご縁玉」は大分で封切られ、12月から東京・渋谷、佐賀で上映されている。
(2008-12-12 朝日新聞 朝刊 茨城全県 2地方)
引用元: 映画ご縁玉とは – コトバンク.

リレーコラム7人目は山田 泉さん。長年、保健室の先生をしてきました。
自らのがん体験を子どもたちに語る「いのちの授業」の模様はNHKの「ETVワイド ともに生きる」や「にっぽんの現場」などの番組でもお伝えし、大きな反響がありました。
人間の命には限りがある。そんなことはあたりまえ。でも、その時間が、思っているより短いかもしれないと告げられたら・・・。山田さんは教え子や家族といっしょに、その答えをさがしています。
引用元: ピープル – NHK福祉ポータル ハートネット – リレー・フォー・ライフ「がんと生きる リレー・コラム」 「想いをつなぐ「いのちの授業」」.