【美方郡新温泉町】

1981年のNHKのTVドラマ
『夢千代日記』の舞台となった
ことで有名な兵庫県美方郡に
ある温泉は◯◯温泉?
有田
湯崎
山村
湯村(答)
37%

兵庫県と鳥取県との県境近くの春木川沿いに湧く城崎温泉とも並ぶ山陰の名湯。発見は嘉承元年(848)慈覚大師によるものと伝わる古湯でもあり、最近では夢千代の湯としても有名。中心の荒湯源泉では98度の高温の湯が毎分470Lも湧出し、この豊富な高温の湯をつかった温泉卵や足湯などが楽しめる。
現地スタッフの耳より情報
夜の「荒湯」付近の散策は絶対おすすめ。美しくライトアップされ最高にロマンチック。虹色に輝く夢千代橋から山上を望むと、「夢」のイルミネーションも見ることができます。引用元:湯村温泉(兵庫)の温泉・露天風呂のある宿・ホテル – じゃらん温泉ガイド https://www.jalan.net/onsen/OSN_50360.html

湯村温泉(ゆむらおんせん)は、兵庫県美方郡新温泉町大字湯(旧温泉町、旧国但馬国)にある温泉。

平安時代(848年)開湯という歴史ある山陰の山峡にある閑静な湯治湯。「湯けむりの郷」と称し、また1981年のNHKドラマ「夢千代日記」(吉永小百合主演)のロケ地としてその風情が全国に知られるようになり、以来「夢千代の里」とも称する[1]。
引用元:湯村温泉 (兵庫県) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E6%9D%91%E6%B8%A9%E6%B3%89_(%E5%85%B5%E5%BA%AB%E7%9C%8C)

『夢千代日記』(ゆめちよにっき)は、NHKの『ドラマ人間模様』で放送された3部作のテレビドラマである。吉永小百合主演。作・脚本:早坂暁[1]、音楽:武満徹。後に映画化や舞台化もされ、舞台では数々の女優により主人公夢千代が演じられている。

夢千代日記 [2]:1981年2月15日 – 3月15日放送、全5話
続 夢千代日記:1982年1月17日 – 2月14日放送、全5話
新 夢千代日記:1984年1月15日 – 3月18日放送、全10話
物語の舞台は兵庫県美方郡温泉町(現:新温泉町)。同町の湯村温泉はこのドラマ放送後、「夢千代の里」として脚光を浴びた[3]。現在、温泉街の中心部である荒湯のそばに吉永小百合をモデルにした「夢千代の像」が建てられている。また平成16年11月に資料館「夢千代館」がオープンし、館内には湯里銀座や煙草屋旅館内部などが再現されている。物語中で芸者たちが度々舞う「貝殻節」は山陰地方でのみ知られる民謡だったが、このドラマで一躍全国的な知名度を得た。

概要[編集]
主人公の夢千代は母親の胎内にいたとき、広島で被爆した胎内被爆者。原爆症を発病しており、余命3年と宣告されている。物語はその夢千代を取り巻く人々の生き様を山陰の冬景色を背景に物悲しく描く。ストーリー展開は夢千代が毎日書き綴っている日記が軸となっており、随所に夢千代が日記の一部を読んでいるナレーションが盛り込まれている。また、湯村を訪れる謎の人物がシリーズ毎に登場し、次第にその過去が解き明かされていくというミステリー的な魅力もある。

三部とも物語の冒頭は、夢千代が原爆症の治療に神戸の病院へ行き、その帰りに山陰線の列車が余部鉄橋にさしかかるころの車内から始まる。

創作の経緯[編集]
夢千代という名前は鳥取県三朝温泉に実在した芸者の名前[4][5]。名前がいいので早坂が拝借した[4]。境遇や人物像は似ていないが、最初の『夢千代日記』で、淡路島を見て「旦那さん、あれ外国ですか?」で言う芸者の話が実在の夢千代のエピソード[6]。早坂は瀬戸内の生まれで、日本海の暗い、海鳴りの聞こえるところに憧れがあり、山陰の温泉に何度か足を運んだ。常々、そういう世界のものを書いてみたいと考えていて、吉永小百合で薄幸な芸者の話は出来ないだろうか、場所は日本海に面したひなびた温泉にしたいと考えた[7]。

湯村温泉には小説を書く前に行ったことはなく[4]、余部鉄橋を現地で見て「凄いな」と感動し、「トンネルを越えて鉄橋に出ると雪だった」という一節が先に思い浮かび、そこから近くの温泉町を探し湯村温泉を選んだ[5]。吉永のような美しい人が温泉芸者をしているという設定は無理があるので、芸者を何故しているかの説明に仕組みが必要で、それで原爆を加えた[4]。早坂は終戦後、海軍兵学校から松山に帰郷の途中、原爆投下直後の広島の惨状を目撃している[8][9][10]。 それまで広島を通るたびに「いつか原爆のことを書こう。やらなああかん」とずっと心に決めていて、この機会に取り入れた[5][8]。やわらかい色物の世界に被爆した女性を登場させた方が、原爆反対を声高に叫ぶよりも、人の心に訴えるのではないかと考えた[5]。

また高度経済成長に乗り遅れた裏日本に日本人が落とした大事なもの、それを癒すものが山陰の小さな温泉町に残っていて、そこへ逃げてきた人が助けられて帰っていくというユートピアを作ってみた[5][9]。登場人物のほとんどがどこか心に傷を負い死に急ぐ人たちが多いのは、早坂自身が当時病気がちで、もう長く生きられないかもしれないと考えざるを得ない状況に置かれていたためで、今度書くのが最後になるかもと考える時期だった。夢千代を終わらせたら自分も死ぬのでないかという懸念があった[4]。評判もよく、出演俳優からも「続けましょう」と励ましを受け続編を重ねたが、第一部で夢千代の命はあと3年と限定し、翌年の第二部であと2年としたのでさらなる続編が苦しくなっていった。第三部で松田優作が演じた元ボクサー・タカオは、明治の歌人・前田純孝をモデルとしたもの。湯村温泉あたりの本屋に立ち寄ったとき、地元の方が作った小冊子を見つけ「西の啄木といわれた歌人」という記述に興味を持ち、調査を重ねてタカオの人物造形に取り入れた[4]。
引用元:夢千代日記 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A2%E5%8D%83%E4%BB%A3%E6%97%A5%E8%A8%98