【鳴海秀雲】

「口寄せ」で知られる
イタコになることができるのは
女性だけである
×(答)
49%

青森で有名な占い師
古くから人々に頼りにされてきた青森イタコですが、地域に必ず一人はいたと言われています。しかし、現在は減り人数も限られているようです。
青森の占い師として有名な人は数名で、メディアなどでも取り上げられている事があります。

「松田広子さん」
青森イタコとして有名なのは「松田広子さん」「日向ケイ子さん」「鳴海秀雲さん」です。
松田広子さんは、著書も出しており有名な青森イタコです。
青森県八戸市出身です。
伝承イタコの6代目で最晩年の末弟子で恐山のイタコの中では最年少で最後のイタコとも呼ばれています。
6代目の末弟子には、松田広子さんだけではなく日向ケイ子さんもいらっしゃいます。

「日向ケイ子さん」「鳴海秀雲さん」
日向ケイ子さんは、恐山の大祭で口寄せも行っている青森イタコです。
松田広子さんと同じく伝承イタコの6代目で、松田広子さんの妹弟子となります。
鳴海秀雲さんは、元津軽イタコ大師匠で男性イタコは鳴海さん一人だけとなりました。
青森ではNHKでも放送されるほどの実力派で有名人です。
引用元:鳴海秀雲 | 青森で人気の青森イタコの口コミ情報|青森の占い師情報 https://aomori-itako.com/tag/%E9%B3%B4%E6%B5%B7%E7%A7%80%E9%9B%B2/

イタコは、日本の北東北(東北地方の北部)で口寄せ[1]を行う巫女のことであり、巫の一種。シャーマニズムに基づく信仰習俗上の職である。

南東北(東北地方の南部)においては、旧仙台藩領域(岩手県の南側約1/3と宮城県)でオガミサマ、山形県でオナカマ、福島県でミコサマ、オガミヤと呼ばれる。福島県・山形県・茨城県ではワカサマとも呼ばれる。

イタコには霊的な力を持つとされる人もいるが、実際の口寄せは心理カウンセラー的な面も大きい。その際クライアントの心情を読み取る力(一種のコールド・リーディング)は必須であるが、本来は死者あるいは祖霊と生きている者の交感の際の仲介者として、氏子の寄り合い、祭りなどに呼ばれて死者や祖霊の言葉を伝える者だったらしい。

イタコになる修行[編集]
イタコは、先天的もしくは後天的に目が見えないか、弱視の女性の職業であった。日本の東北地方に多く見られる習俗・民間信仰で、夏の恐山大祭(青森県)で行われるものが特に知られている。青森県の「津軽のイタコの習俗」と秋田県の「羽後のイタコの習俗」は、国の選択無形民俗文化財となっている。

盲目や弱視の女性がイタコになったのは、かつては生活の糧を得るためという事情もあった。第二次世界大戦の終結、高度成長期などを経て、日本の生活環境も大きく変化していった。と同時に、厳しい修行[13]を必要とするイタコに敢えてなろうとする者も極めて少なくなっていった。そのため、現役のイタコのほとんどは高齢者である。
引用元:イタコ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%B3

口寄せ(くちよせ)とは、霊を自分に降霊(憑依)させて、霊の代わりにその意志などを語ることができるとされる術。または、それを行う人のことである。

口寄せとは遺伝である。超能力を含まない口寄せはテレパシーと言えば分りやすい。ただし、離れた相手とのやり取りは電話のような会話だけではない。なぜ口寄せと言うのか不明。分かりやすく言うと、人体の筋肉のやり取りである。霊能力とは無関係。死んだ相手との会話ができるのかは確認していない。
引用元:口寄せ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A3%E5%AF%84%E3%81%9B

『最後のイタコ』(松田広子/扶桑社)
 東日本大震災以降、犠牲者の声を聴くために多くの人が訪れ、再び注目を集めているイタコ。しかし、東北地方では身近な存在で、かつて300人はいたと言われたイタコも、今では10人以下にまで減った。そんな“絶滅危惧種”となったイタコの世界に若くして飛び込み、現在最年少のイタコとして活躍している女性がいる。それが、松田広子(41歳)だ。彼女が書いた『最後のイタコ』(扶桑社)によると、幼い頃から体が弱く、医師からも見放されていた彼女は、イタコ通いするうちに健康になっていき、「イタコ」という職業に憧れを抱くようになったそう。普通の人にはあまりなじみのないものだが、彼女が憧れたイタコの世界とは、いったいどんなものなのだろう?

それを乗り越えて1人前のイタコになると、ようやく仕事を始めることができる。イタコの仕事には、大きく分けて4つのものがある。亡くなった人の霊を降ろす「口寄せ」と、心身の不調や家庭内のトラブルなどを祓う「お祓い」。東北の家に昔から伝わる守り神・オシラ様をお祭りする「神事」と「占い」だ。そのすべてで経文や祭文を唱えるのだが、なかには1時間を超えるものもあるそう。それに、体調不良の経文だけでも体の部位や症状によって細かく分かれており、「牛の腹痛を治すための経文」なんてものまであるのだ。何十種類もあるそれらの経文や祭文を覚えるのも一苦労だが、目の見えなかったイタコたちは何度も聞いて復唱することだけで覚えていたのだから、その苦労は計り知れない。

 他にも、さまざまな苦労がある。初めはとくに収入が少ないので遊びに出かけることもできないし、イタコはクレジットカードも作れない。口寄せのときはずっと正座なので、膝の痛みに耐えられずに泣いたこともあるし、周囲からの好奇の目やカメラのフラッシュなどにイライラしたこともあったそう。また、恐山で高齢の先輩と共同生活する時間は、かなりの「苦行」だったという。

 それでも彼女がイタコを続けているのは、「仏様の声を聞くことで、お客さんに元気になってほしい」と思っているから。イタコが減っても、悩みを抱える人々の数は減るどころかむしろ増えているのかもしれない。そんな人たちを救うためにも、彼女が本当に「最後のイタコ」になってしまわないよう、日本古来の伝統であるイタコという仕事を受け継いでいってほしいものだ。
引用元:最年少のイタコが告白する知られざるイタコの世界 | ダ・ヴィンチニュース 

イタコになるにはどんな修行が必要なのか。「元祖津軽イタコ大師匠」の鳴海秀雲さん(77)は「やる気があれば誰でもなれます」という。鳴海さんは東北地方に4人ほどいるイタコのうち唯一の男性。8歳から手ほどきを受け、その後も数人の師匠についた。自衛隊などで働いた後、50代前半から活動に本腰を入れた。

 修行は師匠に弟子入りして経文や祭文を覚えた後、1週間の断食に耐え、免状をもらう。平均5年前後で、10年以上かかる人も。昔は師匠の家に住み込んだが、今は通いが多いという。

 私は3年前に亡くなった母を呼び出してもらった。口寄せ前、母の名前や享年を聞かれた。経文を唱えた後、口寄せが始まった。

 亡くなる半年前に一度危篤に陥ったことなどを「母」が語り始めた。「今年は人間ドックを受けたようだが、来年花見が過ぎたころ、もう一度受けるように」「階段を下りる時は下から2段目あたりに注意しなさい」。心当たりのあることばかり。男性の声も津軽弁も気にならず、思わず涙があふれた。「母」は最後に「いつも見守っているぞ。父親と仲良く暮らしてくれ」と語り、約15分間で終わった。

 容体が急変したまま逝った母が何を言い残したかったのか、ずっと気がかりだった。東京に戻り、父(74)に報告すると「占いと同じじゃないのか」と冷たい。でも、私の心は確かに癒やされていた。イタコにすがる人たちの思いが少し分かった気がした。

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 ■ことば

 ◇イタコ
 東北地方の民間信仰で、死者の霊を自分に宿らせ、言葉を遺族などに伝える「口寄せ」を行うみこ。恐山では昭和初期、管理する曹洞宗円通寺が例大祭に招いたのが始まりとされる。「津軽のイタコの習俗」は国の無形民俗文化財に指定されている。

【記事全文】2010年10月19日 毎日新聞
 イタコ:自死遺族へ癒やし 口寄せで故人と和解 大学も注目「8割に効果」
引用元:地球外知的生命体を探せ! 世界9カ国で「ドロシー計画」 | ちょっぴりお得な生活豆知識 – 楽天ブログ https://plaza.rakuten.co.jp/idealife/diary/201010200000/