【Botswana hunting trip】Juan Carlos I

2012年7月、アフリカでゾウ狩り
をしていたことが発覚し世界自然
保護基金の国別支部の名誉総裁を
解任されたのは、どのこ国王?
ベルギー

オランダ
デンマーク
スペイン(答)
37%

(CNN)  スペインのフアン・カルロス国王(74)が金融危機のさ中にアフリカ・ボツワナへ、ぜいたくざんまいの狩猟に出かけていたことが発覚した問題で、世界自然保護基金(WWF)スペイン支部は23日までに、国王を同支部の名誉総裁から解任した。

狩猟ツアーは私的な訪問だったが、旅行中に負傷し、急きょ帰国して手術を受けたことがきっかけで発覚。国王は批判の高まりを受け、4月の退院時に国営テレビを通じて「大変申し訳なく思っている。このような過ちは二度と繰り返さない」と謝罪した。

WWFスペイン支部では1968年以来、カルロス国王が名誉総裁を務めていたが、同支部は21日、「狩猟はWWFスペイン支部名誉総裁としての地位にそぐわない」として解任を決議した。

スペインは失業率が23%に達し、予算不足を補うために緊縮財政を強いられている。国王は金融危機が及ぼす影響を懸念し、国民が一丸となって困難な時を切り抜けるよう訴えていた。ところがその一方で多額を費やして狩猟に出かけていたことが分かって批判が集中、警護のために費やされた公費の額を問題視する声も出ていた。
引用元:CNN.co.jp : WWF、スペイン国王を「解任」 豪華狩猟ツアーに批判 – (1/2) https://www.cnn.co.jp/fringe/30007430.html

[マドリード 21日 ロイター] 世界自然保護基金(WWF)スペインは21日、名誉総裁を務めるフアン・カルロス国王がゾウ狩りを行ったことを受け、国王の総裁退任を圧倒的多数で承認した。

国王は4月、アフリカのボツワナにゾウ狩りに出発。死んだゾウの横でライフルを持って撮った写真などが明るみに出ていた。スペインでは緊縮財政が敷かれる中、王室に対する批判が高まっていた。

WWFスペインは声明で、ボツワナでのゾウ狩りは合法であるとした上で、「名誉総裁による狩猟は同基金の活動目的である環境保護とは一致しないと多くの会員が考えている」と説明した。

スペインの王室は17日、国王らが受け取る給与などの王室予算について、最大10万ユーロ(約950万円)削減すると明らかにした。
引用元:WWFがスペイン国王を名誉総裁から解任、アフリカのゾウ狩りで – ロイター https://jp.reuters.com/article/tk0854496-spain-royals-idJPTYE86M00F20120723

フアン・カルロス1世(スペイン語: Juan Carlos I、1938年1月5日 – )は、スペイン国王(在位:1975年11月22日 – 2014年6月19日[1])。

2002年のユーロ導入までスペインで発行されていた5000ペセタ紙幣(1982年-1992年)と10000ペセタ紙幣(1982年-2001年)に肖像が使用されていた。

人物[編集]

フアン・カルロス1世夫妻とジョージ・W・ブッシュ夫妻
ヨットの代表選手としてオリンピックに出場したこともある(ミュンヘンオリンピックで15位になり、ジョークで「フアン・カルロス・スペイン1世・ミュンヘン15世」と呼ばれた)。また、アマチュア無線家としても知られる。コールサインはEA0JC(Juan Carlos)。

譲位[編集]
フアン・カルロス1世は「ぜいたく好き」とも見なされており、2007年8月29日には左派政党から公金使途詳細の公表を求められていることを受け、監査人を指名した[5](#人物も参照)。2011年10月のスペイン政府の調査では、フアン・カルロス1世に対する支持率は50%を割っている[6]。

2012年、非公式で訪れていたボツワナで、アフリカゾウのハンティング中に腰の骨を折る大怪我を負った。当時、スペインは経済的な苦境にあり(スペイン経済危機)、失業率が20%を超える状況にあり、国王といえど贅沢が許されるような状況になかったこと、また国王自身が世界自然保護基金の名誉総裁の職にあったにもかかわらずレッドリストに掲載されている動物を対象にスポーツハンティングを行ったことについて世界的な批判を受けることとなり[7]、名誉総裁を解任されるに至った(ただし、同国での象狩りは違法ではない)[8]。この事件以降、国民の支持は落ちており、スペインの新聞「エル・ムンド」の2013年の世論調査では、約45%が長男のフェリペ王太子に王位を譲るよう求めていた[9]。中道左派系の新聞「エル・パイス」が2013年3月に行った世論調査(発表は4月)では、国王の職務遂行ぶりについて回答者の42%が「支持する」、53%が「支持しない」と答えた。2012年12月時点では「支持する」が「支持しない」を21ポイント上回っており、数ヶ月で国王の支持率が急落している[10]。この頃には高齢なことから健康問題も抱えており、2012年11月には人工股関節を埋め込む手術を行っている[11]。

2014年6月2日午前、マリアーノ・ラホイ首相がフアン・カルロス1世の譲位の決定を発表した[12][13]。ただし、この時点でスペインには国王の譲位に関する法的規定がなく、首相は新国王の即位に向けた手続きのため、特別閣議を3日に招集した後、憲法などの改正案を国会に提出した[14]。この発表に対して、一部の左派政党により王制についての国民投票の実施を求める声明が発表された[15][16]。またSNSにて反王室のデモが呼びかけられ、6月2日午後8時(現地時間)に反王室派により君主制維持の是非を問う国民投票の実施を訴える大規模なデモが、マドリードをはじめ各地で起こされた[17][18][19]。そのような情勢の中、6月18日に上院・下院とも圧倒的多数で「国王の退位に関する法律」を可決し、国王も退位の文書に署名した。この法律が発効する19日未明に、自動的にファン・カルロスの退位と新国王フェリペ6世の即位が確定した[20]。
引用元:フアン・カルロス1世 (スペイン王) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B91%E4%B8%96_(%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E7%8E%8B)

Botswana hunting trip
In April 2012, Juan Carlos faced criticism for making an elephant-hunting trip in Botswana.[38][39][40] Spaniards found out about the trip only after the King injured himself and a special aircraft was sent to bring him home.[41] Spanish officials stated that the expenses of the trip were not paid by taxpayers or by the palace, but by Mohamed Eyad Kayali, a businessman of Syrian origin. Cayo Lara Moya of the United Left party said the king’s trip “demonstrated a lack of ethics and respect toward many people in this country who are suffering a lot”[40] while Tomás Gómez of the Socialist party said Juan Carlos should choose between “public responsibilities or an abdication”.[42] In April 2012, Spain’s unemployment was at 23 percent and nearly 50 percent for young workers.[43] El País estimated the total cost of a hunting trip at 44,000 euros, about twice the average annual salary in Spain.[43] A petition called for the king to resign from his position as honorary president of the Spanish branch of the World Wide Fund for Nature.[42] The WWF itself responded by asking for an interview with the King to resolve the situation.[44] In July 2012, WWF-Spain held a meeting in Madrid and decided with 226 votes to 13 to remove the king from the honorary presidency.[45][46] He later apologised for the hunting trip.[47]
引用元:Juan Carlos I of Spain – Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Juan_Carlos_I_of_Spain