【比国英雄】ホセ・「リサール」

マニラには彼の名前を冠した公園
もある、独立運動を指導した
フィリピンの国民的英雄といえば
ホセ・◯◯◯◯?
エサドギゴ
リアナール
リサール(答)
31%

ホセ・プロタシオ・メルカード・リサール・アロンソ・イ・レアロンダ (Jose Protacio Mercado Rizal Alonzo y Realonda,1861年6月19日 – 1896年12月30日)は、フィリピンの革命家、医師、著作家、画家、学者。フィリピン独立運動に取り組んだことから「国民的英雄(Héroe Nacional)」と称される[1]。通称はホセ・リサール(José Rizal)。
引用元:ホセ・リサール – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%BB%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%AB

スペイン植民地化のフィリピンで民族独立運動に起ち上がったが、1896年に刑死する。

 ホセ=リサールはフィリピン独立運動の初期の指導者。5代目世代の華僑系メスティーソ(混血)、ドミニコ修道会所有の農園の小作農であったが、教育の機会に恵まれマニラのサント・トマス大学で医学を学び、21歳でスペインに留学した。マドリッドで同じく留学中のフィリピン人と会い、フィリピン人はスペイン人に劣るのではなく、足りないのはただ教育の機会だけだと考えるようになり、同胞を啓蒙して、スペインの従属すから解放することに使命を見出した。

フィリピン民族同盟を結成

 1887年に『ノリ・メ・タンヘレ(私にさわるな)』、91年に『エル・フィリプステリスモ』を出版し、激しくスペインの支配を告発した。92年、マニラに戻り、社会改革を目ざすフィリピン民族同盟(リガ)を結成したが、ただちに総督によって逮捕されミンダナオ島に追放された。96年、かねて志願していたキューバへの軍医としての派遣を許可され、ミンダナオ島を離れた。
フィリピン革命で処刑される

 おりから8月、ボニファシオらが組織した独立派の武装組織「カティプーナン」が蜂起しフィリピン革命が始まると、リサールもその指導者のひとりとして再び逮捕され、簡単な裁判にかけられた。リサールはこの蜂起には直接かかわってはいなかったが、有罪とされ、12月30日に銃殺刑となった。この日は現在、国民的英雄リサールの命日としてフィリピンの祭日となっている。
参考 『ノリ・メ・タンヘレ』

 ホセ=リサールが書いた小説『ノリ・メ・タンヘレ』については、ベネディクト=アンダーソンが『想像の共同体 ナショナリズムの起源と流行』(1983年に発表され、改訂が加えられ、2007年に日本で『定本 想像の共同体』が刊行された)で取り上げられ、よく知られるようになった。
引用元:ホセ=リサール/リサール https://www.y-history.net/appendix/wh1403-128.html

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マンガの題材となっている「ホセ・リサール」は、フィリピンでは 小・中・高と必須科目になっており、世界各国に影響を及ぼした人物です。武力ではなく、知識と労働で国を変えようとした彼の人物像は、日本でも受け入れられると考えました。そして何より、フィリピンや世界中の人たちに「MANGA」の魅力を知っていただけることを願っております。
引用元:フィリピンの国民的英雄を初マンガ化!「ホセ・リサール -Jose Rizal-」を『スキマ』『MANGA.CLUB』で無料配信。フィリピンの英雄譚を全世界向けに連載開始!|株式会社TORICOのプレスリリース https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000076.000005279.html