【磯崎叡】いそざきさとし


労働組合と度々衝突した
国鉄の第6代総裁です
磯崎叡
いそざきさとし(答)
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磯崎 叡(いそざき さとし、1912年8月16日 – 1997年6月19日)は日本の鉄道官僚、第6代日本国有鉄道(国鉄)総裁(在任1969年-1973年)。永井岩之丞の孫。

作家・三島由紀夫の父・平岡梓はいとこにあたる。

1970年春から日本生産性本部の協力の下、国鉄職員の意識改革などを目的として、生産性向上運動(マル生運動)を始める。しかし、これにより組合員の減少した国鉄労働組合(国労)・国鉄動力車労働組合(動労)がマル生粉砕を決議したため労使の対立が激化した。そして、1971年10月8日に公共企業体等労働委員会(公労委)が管理職から一般職員に対し一部に不当労働行為があったと認定して救済命令を出し、これを受けて10月11日衆議院社会労働委員会で遺憾の意を表明する事態となった。これにより、労使の力関係は一気に労働組合側へと傾くことになった[1]。

引用元:磯崎叡 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A3%AF%E5%B4%8E%E5%8F%A1