【胆振線】京極軽便線、伊達紋別駅

旧国鉄の路線
1986年に廃止
当初の名前は京極軽便線
伊達紋別駅から倶知安駅まで
湧網線
天北線
士幌線
胆振線(答)
51%

旧国鉄の路線
1987年に廃止
糠平~十勝三股間で「部分運休」
タウシュベツ橋梁
湧網線(答)

旧国鉄・JRの路線
1989年に廃止
音威子府駅から南稚内駅まで
2つの旧国名から命名
天北線(答)

胆振線(いぶりせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道伊達市(胆振支庁管内)の伊達紋別駅で室蘭本線から分岐し、虻田郡倶知安町(後志支庁管内)の倶知安駅で函館本線に接続していた。国鉄再建法の制定に伴い、1984年6月に第2次特定地方交通線に選定され、1986年11月1日[1][2]に全線が廃止された。

歴史
胆振線は、歴史的に軽便鉄道法によって建設された京極以北と、私鉄を買収した京極以南に分かれる。

倶知安 – 京極 – 脇方間は、改正鉄道敷設法制定以前に軽便鉄道法により計画された路線で、1919年から翌年にかけて京極軽便線(きょうごくけいべんせん。1922年、軽便鉄道法の廃止により京極線に改称)として開通した[2]。1898年に脇方で発見された褐鉄鉱床の鉄山・倶知安鉱山からの鉱石輸送が建設目的である。
引用元:胆振線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%86%E6%8C%AF%E7%B7%9A