三井銀行


政治家の石破茂が大学卒業後に
入社した銀行は三井銀行である
◯(答)
×三菱銀行
57%

石破 茂(いしば しげる、1957年(昭和32年)2月4日 – )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(11期)、水月会会長。血液型はB型[1]。

防衛庁長官(第68代・第69代)、防衛大臣(第4代)、農林水産大臣(第49代)、自由民主党政務調査会長(第52代)、自由民主党幹事長(第46代)、内閣府特命担当大臣(国家戦略特別区域)、内閣府特命担当大臣(地方創生)、さわらび会会長、無派閥連絡会顧問、自民党たばこ議員連盟副会長などを歴任。

父は、建設事務次官、鳥取県知事、参議院議員、自治大臣などを歴任した石破二朗[2]。

銀行員の頃
1979年、三井銀行(現三井住友銀行)に入行[3]。石破の三井銀行入行に関して、三井信託銀行社長を務めた鳥取県出身の土井正三郎は、「昭和五十三年初夏の頃石破(二朗)さんから令息・茂君の就職について相談を受けたことがありました[6]。そのとき私は本人の志望会社を認められることを強調し、たまたま入社志望会社の人事担当役員が古くから親交がありましたので、石破(二朗)さんと一緒に訪ねたこともありました[7]。又、令息の学業、クラブ活動の成績等は極めて優秀、希望通り採用内定し、その通知を受けられた、ご両親のご安堵の程が察せられたことを想起しています[8]」と述べている。東京都中央区にある本町支店に配属[3]。

衆議院議員
1981年、父・二朗が死去。父の死後、二朗の友人であった田中角栄から「おまえが(おやじの後に)出ろ」と薦められ、政界入りを志した[9]。1983年、三井銀行を退職し、田中角栄が領袖の木曜クラブ事務局に勤務する。1986年、第38回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で鳥取県全県区(定数4)から出馬し、得票数は最下位ながら4位で初当選した。当時28歳で、全国最年少の国会議員であった[3]。
引用元:石破茂 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%A0%B4%E8%8C%82