江戸野菜「早稲田茗荷」「谷中生姜」「滝野川牛蒡」「内藤唐辛子」 江戸青物市場「三大やっちゃ場」千住・神田・駒込

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次の文字列を組み合わせて
江戸野菜の名前にしなさい
早稲田───茗荷
谷中───生姜
滝野川───牛蒡
内藤───唐辛子

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次のうち、江戸時代の
「三大やっちゃば」に数えられた
大規模な青物市場があった
場所を全て選びなさい
×京橋
◯千住
◯神田
◯駒込

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次のうち
地域雑誌のさきがけである
「谷根千」の対象となった
地域を1つ選びなさい
×根ケ布
×日比谷
○谷中
◯千駄木
×古千谷
◯根津
×千駄ヶ谷
×千住

江戸野菜(えどやさい)とは、主に現在の東京周辺で伝統的に生産されていた野菜(在来品種)である。東京伝統野菜などとも呼ばれる。明治以降の急速な農地転用により消滅品種も多い。
>ごぼう
滝野川牛蒡(北区)
>しょうが
谷中生姜(台東区)
>唐辛子
内藤とうがらし(新宿区)
引用元: 江戸野菜 – Wikipedia.

早稲田にかつて存在したという「早稲田ミョウガ」が、約100年の時を経て2010年に復活した。地域に根ざした「伝統野菜」の復活に地元は盛り上がっている。今後は地産地消の考え方のもと、「ここでしか食べられない野菜」として知名度アップを目指す。
> 2010年秋、早稲田大学の学生8名と結成した探索隊と共に、明治26年から5代に渡り引き継がれてきたという旧家の庭で、ついに早稲田ミョウガを発見した。
引用元: 地域を盛り上げる伝統野菜 復活した早稲田ミョウガ | Spork.

江戸は富士山の火山灰が積もった関東ローム層の土地柄で、そこに適合した野菜が、参勤交代の大名の江戸屋敷で、故郷の味、お国自慢の野菜が自給用の家庭菜園でつくられ、周辺農家へも広がりました。日本各地の野菜が江戸に流入し、競い、大江戸ならではの野菜の一大産地を形成してゆきました。そのような江戸東京野菜の中でも、香り・味・色がよく、鮮魚などの料理になくてはならい「合わせもの」がみょうがでした。新鮮なものがとりわけ珍重され、江戸城にもっとも近い将軍の御膝元で生産されたのが「早稲田みょうが」でした。まさに江戸のハーブです。
>早稲田みょうがは、練馬区高野台の井之口農園(井之口喜實夫)で復刻、複数の生産者が生産しています。
引用元: 早稲田みょうがとは.

滝野川ごぼうは、江戸市中に出荷していた北区滝野川の特産品。根が長く、歯ごたえがあって風味がよいのが特徴で、昭和初期まで栽培されていたが、戦後は農地の消滅とともにすっかり姿を消した。
 区立滝野川紅葉中学校では、「伝統野菜の復活とその栽培を通じて、子どもたちに郷土愛を育んで貰いたい」との思いから、地域と学校、生徒が協力し、平成9年から滝野川ごぼうを栽培。17年目を迎えた今年も、生徒会を中心とした生徒有志が4月に種をまき、交代で水やりを欠かさず行うなど大切に育ててきた。
引用元: ~地元の伝統野菜が復活!~区立中学校で「滝野川ごぼう」収穫|東京都北区.

内藤とうがらしとは、江戸時代に現在の東京周辺で栽培されていたトウガラシの1種。いわゆる江戸野菜の1つにも数えられる。明治以降は東京の都市化に伴い栽培されなくなっていったが、消滅品種とはならず2012年現在も保存されている。
引用元: 内藤とうがらし – Wikipedia.

東京のほぼ中央に位置する国分寺に古くから続く小坂良夫さん(57)の畑に、すっくと伸びた谷中ショウガが8列に並ぶ。みずみずしく濃い緑色の葉っぱが頼もしく見える。奥に武蔵野の面影を残す林も見えるこの畑は、丘の上にあり、斜面の下をJR武蔵野線の電車が通り過ぎていく音が聞こえた。
> 古くからの寺町で知られる台東区の「谷中」の名前を冠した野菜だが、江戸時代に栽培されていたのは、谷中本村と呼ばれた荒川区西日暮里一帯。保水力のある肥沃ひよくな土壌で、台地の陰で西日を避けられ、ショウガの栽培に適していた。
引用元: 谷中ショウガ 伝統の味育て30年 : 地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

千住河原町はかつて「やっちゃ場」とよばれた青物市場で、戦前には旧日光街道沿いに多くの青物問屋が軒を連ね、活気あふれる問屋街でした。千住河原町稲荷神社境内には明治39(1906)年建設の「千住青物市場創立三百三十年祭記念碑」が立っています。これによれば市場開設は天正4(1576)年になりますが、史料によれば、公的に市場の形をなしたのは享保20(1735)年でした。青物市場は神田・駒込と並び江戸の三大市場に数えられ、幕府の御用市場でもあったのです。
引用元:
足立区/千住青物市場「やっちゃ場」.
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