人間、スポーツ、文化


次の早稲田大学の学部を
設立が古い順に選びなさい
人間科学部 1987
スポーツ科学部 2003
文化構想学部 2007
51%

早稲田大学(わせだだいがく、英語: Waseda University)は、東京都新宿区戸塚町一丁目104番地に本部を置く日本の私立大学である。1920年に設置された。大学の略称は早稲田(わせだ)、早大(そうだい)。

大学全体
江戸時代末期の蘭学校である北門義塾(柳田藤吉の創設)の明治5年閉校後、その意思を受継ぎ隣地に大隈重信が明治十四年の政変で下野した後に設立した東京専門学校を前身とし、日本の私立大学では慶應義塾大学(「早慶」の慶)などと共に最も古い段階で大学令に基づく大学となった(詳しくは旧制大学参照)。2011年現在、10の学術院のもと13学部・21研究科(大学院)を設置している。国際交流が盛んで、特にアジアからの外国人留学生が多い。 大隈重信が明治を代表する政治家であり、イギリス流の政治経済学を中心とする大学をモデルに設計されていることから、政治経済学部を中心に政界・財界に多くの逸材を輩出しているのをはじめとして、出版、新聞、テレビ・ラジオ局などのマスメディア、法曹、文学などの分野で国内外を問わず多くの卒業生が活躍している。英国の教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」による2017年の日本版ランキングでは、私大1位に認定された。[1]

早稲田大学は、東京専門学校時代から、文部省「特別認可学校規則」や専門学校令の特例適用、大学令による私立大学として最初期の認可などを受けてきた。政治学、法律学、文学、商学、理工学、教育学、芸術、スポーツなど様々な分野で、近代日本国家の教育・研究分野の形成をリードしてきたモデル校であり、上述の慶大と共に「私学の雄」と並び称されている[2]。
引用元:早稲田大学 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E5%A4%A7%E5%AD%A6

早稲田大学人間科学部(わせだだいがくにんげんかがくぶ)とは、1987年に設置された早稲田大学の学部である。略称は人科。

概要
従来の学問の枠組みにとらわれず、自然科学、人文科学、社会科学に渡る学際的、領域横断的なアプローチで、今日の世界が抱える課題を解決できる人間を育成するという理念のもと発足した、文理融合型の学部である(同様の理念から設置された学部には、大阪大学人間科学部や京都大学総合人間学部などがある)。早稲田大学人間科学部は現在、人間環境科学科、健康福祉科学科、人間情報科学科の3つの学科に分かれており、受験時にどの学科へ進学するのかを選択する(なお、人間科学部では、文系型入試と理系型入試を導入している)。ただし入学後、2年次に転科試験を受けることが可能である。

学科の枠を超えて専門科目を履修することができ、3年次には専門ゼミ、4年次には卒業研究ゼミに所属することで、専門性を高めていくことが可能である(ゼミは必修である)。また早稲田大学では唯一、通信教育課程を設置している学部である(早稲田大学人間科学部eスクール)。4年間、スポーツ科学部とともに早稲田大学所沢キャンパスで過ごす。なお、早稲田大学大学院人間科学研究科は臨床心理士一種指定校大学院になっている。

人間科学部が創設された1987年度から2002年度まで、早稲田大学人間科学部には、人間基礎科学科、人間健康科学科、スポーツ科学科の3つの学科が存在したが、2003年度以降は現在の人間環境科学科、健康福祉科学科、人間情報科学科の3学科による構成となり、スポーツ科学科は早稲田大学スポーツ科学部として独立した。また同年度に、人間科学部に通信教育課程が設置された。
引用元:早稲田大学人間科学部 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E4%BA%BA%E9%96%93%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8

スポーツ科学学術院長 スポーツ科学部長 土屋 純

 スポーツ科学学術院は、スポーツ科学部(2003年設置)、大学院スポーツ科学研究科、スポーツ科学研究センター(ともに2006年設置)から構成されています。早稲田大学の中では歴史の浅い学術院ですが、その源流は、第18回夏季オリンピック東京大会の開催年である1964年に設置された教育学部教育学科体育学専修にあります。そして体育学専修を発展させ、1987年に設置された人間科学部スポーツ科学科を経て今日に至ります。

早稲田大学はその創立以来、絶えず日本のスポーツ界をリードしてきました。1903年には早くも野球の早慶戦が開催されています。1928年、日本人として初めてオリンピックで金メダルを獲得したのは当時早稲田大学の学生であった陸上競技三段跳の織田幹雄選手でした。また、テニス界では知らない人がいないともいわれる「この一球」の名文は、早稲田大学庭球部OBの福田雅之助氏によるものです。このように、わが国のスポーツ史において、重要な役割を早稲田大学とその関係者が担った例は、枚挙にいとまがありません。近年においても、様々なスポーツ種目において、国内はもちろん、オリンピックや世界選手権、ワールドカップといった世界的な競技会で早稲田大学の学生や校友が活躍しています。
引用元:学部長挨拶 – 早稲田大学 スポーツ科学部 https://www.waseda.jp/fsps/sps/about/message/

早稲田大学文化構想学部(わせだだいがくぶんかこうそうがくぶ、英語:School of Culture, Media and Society)とは、2007年4月1日に設置された早稲田大学の人文学系の学部の一つである。

概要
早稲田大学戸山キャンパスに所在し、早稲田大学文学学術院の管理・運営下にある。

2007年4月に第一文学部・第二文学部を併せて再編し、文化構想学部と文学部が設置された。文学部が、伝統的な人文学・文化学の継承と発展を目指しているのに対して、文化構想学部は、人文学・文化学の学際的・学横断的な研究・教育実践を目指している。このため、文学部には従来の学問分野に従ったコースが設置されているのに対し、文化構想学部は人文学・文化学のさまざまな分野をクロスオーバーさせた、6つの「論系」より成り立っている。[1]

なお、第一文学部および第二文学部を併せて改組する形で新たに文化構想学部および文学部の両学部を設置したのであり、どちらかがどちらかの後身というわけではなく、文学学術院の下に学内でも同等の立場を有する学部である。卒業時に授与される学位は、文化構想学部・文学部ともに「学士(文学)」(B.A. in Literature)である。

「文化の様相と構造を解明し、表象の分析と文芸の創造に取り組み、人間と社会の本質に迫ることによって、新しい時代にふさわしい文化を構想する」ことと「これまでの学問領域を大胆に乗り越えて、広領域的・学融合的アプローチを実践する」ことを理念として掲げている。[1]
引用元:早稲田大学文化構想学部 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%96%87%E5%8C%96%E6%A7%8B%E6%83%B3%E5%AD%A6%E9%83%A8