隠田百姓村


岐阜県の白川郷、徳島県の祖谷
熊本県の五家荘など、落武者が
集まってできた集落のことを
◯◯◯◯村という?
兵百豪隠新
姓族田陰屯
隠田百姓(答)
33%

エフェクト
秘境として知られる徳島県西部の地域
祖谷
いや(答)

隠田集落
おんでんしゅうらく

日本の村落の一つの型。隠田百姓村ともいう。平安末期の源平の合戦や、戦国時代後期の戦敗者が、人里離れた山奥などに逃避し、田畑の開墾や焼畑耕作、杣(そま)稼ぎ、漁労などをして生活を営んでいた集落。起源年代や隠遁(いんとん)事情については、前者は伝承的、後者は関連地域の文書などをもあわせて明確を期しうるものが少なくない。開墾耕地や焼畑は、検地を受けず年貢(ねんぐ)も納めないので「隠し田畑」、すなわち検地帳未登載田畑、年貢未納田畑であった。一般に隠遁者の一族を中心とする同族村で、村民の共同体意識は強く、閉鎖的で、古い習俗を比較的よく残している。五家荘(ごかのしょう)(熊本県)、米良(めら)荘、椎葉(しいば)(宮崎県)、祖谷(いや)(徳島県)、十津川郷(とつかわごう)(奈良県)、白川郷(岐阜県)、五箇山(ごかやま)(富山県)などはその代表である。明治維新直後の地租改正の際に、隠田は土地台帳に登録されて法規上の隠田はなくなったが、地理学上、民俗学上の隠田集落は、いまは僻地(へきち)村として民俗、古民謡、民家集落が残り、観光対象になっているものが多い。[浅香幸雄]
引用元:隠田集落(おんでんしゅうらく)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%9A%A0%E7%94%B0%E9%9B%86%E8%90%BD-41981