ランラン フェイフェイ リンリン


次のジャイアントパンダを
上野動物園に早く来たものから
順に選びなさい
ランラン
ホァンホァン
フェイフェイ
リンリン
シュアンシュアン

カンカン-康康
1970.11生まれ(推定)

1972.10.28来園 1980.6.30死亡(推定9歳)

やんちゃなパンダ、吊したタイヤで遊ぶのが大好きでした

ランラン-蘭蘭
1968.11生まれ(推定)

1972.10.28来園 1979.9.4死亡(推定10歳)

「丸顔美人」といわれた美しいパンダでした

ホァンホァン-歓歓
1972生まれ(推定)

1980.1.29来園 1997.9.21死亡(推定25歳)

回を重ねて子育ての腕を上げたたくましい母パンダ

フェイフェイ-飛飛
1967生まれ(推定)

1982.11.9来園 1994.12.14死亡(推定27歳)

来園の夜に餌を食べ続けた、大人(たいじん)の風格をもつパンダ

チュチュ-初初
1985.6.27上野動物園生まれ

1985.6.29 死亡

父:フェイフェイ 母:ホァンホァン
日本での出産第1号で初初と命名、43時間の短い命でした

トントン-童童
1986.6.1上野動物園生まれ

2000.7.8 死亡(14歳1か月)

父:フェイフェイ 母:ホァンホァン
木登りが大好きなおてんば娘で、ときには飼育係に抱かれて木から降りることもありました

ユウユウ-悠悠
1988.6.23上野動物園生まれ

2004.3.4 死亡(15歳9か月)

父:フェイフェイ 母:ホァンホァン
おっとりした性格。日中親善を担って、リンリンとの交換で1992.11.13に北京動物園へ行きました

シュアンシュアン
1987.6.15メキシコ・チャプルテペック動物園生まれ

2003.12.3~2005.9.26上野動物園に滞在

陽気で豪快なセニョリータ。放飼場に出た初日にタケを次々になぎたおしました。2本足で立って壁を伝い歩きする技が得意

リンリン-陵陵
1985.9.5北京動物園生まれ

1992.11.5来園 2008.4.30死亡(22歳7か月)

手の甲にリンゴなどを乗せて器用に食べるくせがありました。メキシコ3往復の経験があり世界一飛行機に乗ったパンダかもしれません

シンシンの子
(オス)
2012.7.5上野動物園生まれ

2012.7.11死亡

父:リーリー 母:シンシン
2011年2月に来園したリーリーとシンシンの子。母親のシンシンは初産でした
引用元:歴代のパンダたち|上野動物園のジャイアントパンダ情報サイト「UENO-PANDA.JP」 http://www.ueno-panda.jp/history/

ジャイアントパンダ(Ailuropoda melanoleuca)は、食肉目クマ科ジャイアントパンダ属に分類される食肉類。白と黒にはっきりと分かれた体毛が際立った特徴である。

ジャイアントパンダ属の、唯一現生する1種。四川と秦嶺の2亜種が知られる(後記「#分類」を参照)。

中国大陸で進化し、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する[注釈 1]、竹食などの草食傾向が比較的高い雑食性の大型哺乳類。


通常、クマは前肢の構造上、物を掴むという動作ができない。しかし、唯一ジャイアントパンダは竹を掴むことができるように前肢周辺の骨が特殊に進化している[14]。第一中手骨(親指)側にある撓側種子骨と第五中手骨(小指)側にある副手根骨が巨大化して指状の突起となっており、その突起を利用して物を押さえ込む。撓側種子骨は人間の親指のように見えることから「偽の親指」や「第六の指」と呼ばれている[18][22]。
ジャイアントパンダは撓側種子骨があることで物を掴めると長い間考えられてきたが、実際に竹のような太さの棒状の物体を掴むには撓側種子骨に加え、「第七の指」副手根骨が必要であることが、遠藤秀紀ら (1999) [23]によって示された。パンダがこれら2つの骨を使って物を掴む仕組みは、論文の中で「ダブル・ピンサー」、すなわち「パンダの掌の二重ペンチ構造」[24]と紹介されている。

食事
現在は竹林に棲み、竹食のほか、小型哺乳類・魚・昆虫等の小動物、果物を食べることもあり[18][25][27]、他のクマ類と同様に肉食を含む雑食性の特徴も微少であるが残っている。
氷期の到来による気候変動がもたらす食糧不足から偏食を余儀なくされ、常に入手しやすい竹ばかり食べるようになったと考えられている[27]。しかしながら現在は、中国の飼育環境では、竹以外にも肉や野菜などを中心とした餌が与えられ、竹食中心とは言いがたいのが現状である。野生下でも、稀に人里に降りて家畜を食い殺す事件が発生するなど[28]、機会があれば生肉を拒まない。

行動
群れや家族を形成せず、基本的に単独で行動している。他のクマ科動物と異なり、冬眠はしない。

繁殖
繁殖期は年に一度、3月から5月の間であり、マーキング(territorial marking)が行われることもある[18][19]。メスの受胎が可能な期間は数日ほど。妊娠期間は3か月から6か月で、通常1頭または2頭の子供を出産する。繁殖力は低い部類に入り、乱獲と並んでパンダの絶滅危機の原因でもある[18]。近年の研究によって、発情期以外でも声と匂い付けによって他のパンダと頻繁にコミュニケーションをとり、しばしば交流することが判明している[15]。

現在、日本国内で飼育されているジャイアントパンダはすべて中華人民共和国から借り入れている。日本国内で誕生したパンダについては、中国との取り決めによりおおむね性成熟に達する4歳になった時点で中国に譲渡しなければならない。

神戸市立王子動物園:兵庫県神戸市 (旦旦[タンタン]、メス)
アドベンチャーワールド:和歌山県白浜町 (永明:オス、良浜:メス、桜浜:メス、桃浜:メス、結浜:メス)
良浜の母である梅梅(2008年10月15日死亡)は来日前に中華人民共和国で双子の姉妹(奇縁:メス、奇珍:メス)を出産した経験があり、第3子である良浜を妊娠した状態で来日した。良浜の父は中華人民共和国にいる哈藍(哈蘭とも書く。2006年成都動物園にて死去)であり、永明と良浜の間に血縁関係はない。
成都にいる雄浜、隆浜、秋浜、幸浜、愛浜、明浜は永明と梅梅の間の子である。
海浜、陽浜、優浜、桜浜、桃浜(および、成都にいる梅浜と永浜)は永明と良浜の間の子である。
永明は梅梅の双子の姉(蜀蘭)との間に、人工授精により、2002年に中国で生まれた子(蘭宝:オス)がいる。
2008年9月13日に良浜が、メスとオスの双子(梅浜:メス、永浜:オス。2008年11月13日命名)を出産した。これらは日本初の3世代目のジャイアントパンダである。なお、父親は永明。
2010年8月11日に永明と良浜の間に、オスとメスの双子(海浜:オス、陽浜:メス。2010年10月8日命名)が誕生した。9月4日より、一日2回、20分間一般公開されている。
2012年8月10日にも永明と良浜の間に、メスの双子が誕生したが、1頭は死産だった。生き残った方は優浜という名が付いている。
2014年12月2日にも永明と良浜の間に、メスの双子が誕生し、2頭とも生育中である(桜浜:メス、桃浜:メス。2015年2月6日命名)。
2016年9月18日にも永明と良浜の間に、メスの子供が誕生し、生育中である(結浜。2016年12月6日命名)[32]。
東京都恩賜上野動物園[33][34]:東京都台東区 (リーリー:オス、シンシン:メス、シャンシャン:メスの3頭、2011年4月1日より公開[35])
陵陵(リンリン)が2008年4月30日に死亡したため、東京都恩賜上野動物園からパンダが居なくなったのと同時に、日本が所有権を持つジャイアントパンダはいなくなった[注釈 7]。なお、陵陵は血縁上、永明の伯父にあたる。
2011年2月21日に上野動物園へ力力(リーリー)と真真(シンシン)が到着した。公開は2011年3月22日からを予定していたが、東日本大震災の影響で4月1日からとなった。
2012年7月5日に力力と真真の間に、オスの子供が誕生したが7月11日に死亡した。
2017年6月12日にも力力と真真の間に、メスの子供が誕生し、生育中であり、2017年9月25日に「香香(シャンシャン)」と命名された。
引用元:ジャイアントパンダ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%80