SEATO


1954年に8ヶ国が結んだ
東南アジア条約機構の略称
SEATO(答)
28%
South East Asia Treaty Organization

東南アジア条約機構(とうなんアジアじょうやくきこう、英語: Southeast Asia Treaty Organization, SEATO)とは、オーストラリア、フランス、イギリス、ニュージーランド、パキスタン、フィリピン、タイおよびアメリカの8ヵ国によって1954年9月8日に組織され1977年6月30日に解散された、反共主義諸国の軍事同盟であった。

なお、略称の「SEATO」は、日本では「シアトー」または「セアトー」と読むが、英語圏では主に「シートー」などと読む。
引用元:東南アジア条約機構 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%8D%97%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E6%9D%A1%E7%B4%84%E6%A9%9F%E6%A7%8B

東南アジア条約機構
とうなんアジアじょうやくきこう
South East Asia Treaty Organization

略称 SEATO。 1954年9月にマニラで結ばれた東南アジア集団防衛条約 (1955年2月発効) に基づいて設立された地域的国際組織。加盟国は,アメリカ,イギリス,フランス,オーストラリア,ニュージーランド,タイ,パキスタン,フィリピンの8ヵ国。ジュネーブ協定のあと,アメリカの発議で,東南アジアにおける共産主義勢力の拡大を防ぐことなどをおもな目的として設けられた。付属の議定書は,異例にも条約の適用地域内にインドシナ3国を指定していた。 SEATOの最高機関は理事会 (外相クラス) で,本部はバンコクにおかれた。しかし,アジアから3ヵ国しか加わっていないこと,北大西洋条約機構のような独自の統合司令部をもたないことなどの弱点をかかえ,軍事防衛協力機構としてはそれほど実効的な意味をもたなかった。特に 75年,南ベトナム政府が崩壊してインドシナ情勢が基本的に変化した事態を受けて同機構の存在意義自体が問題視されるにいたり,同年の第 20回理事会は SEATOの段階的解体を決定,事務局は 77年6月解散した。条約自体は廃棄されていない。
引用元:東南アジア条約機構(とうなんアジアじょうやくきこう)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%9D%B1%E5%8D%97%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E6%9D%A1%E7%B4%84%E6%A9%9F%E6%A7%8B-103991