根室本線、石北本線、釧網本線


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ねそせむせひる

根室本線(ねむろほんせん)は、北海道滝川市の滝川駅から帯広市および釧路市を経て根室市の根室駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(幹線)である。このうち、釧路駅 – 根室駅間には「花咲線」(はなさきせん)の愛称が付けられている。

路線諸元
路線距離 443.8 km
軌間 1,067 mm(狭軌)
線路数 全線単線
電化方式 全線非電化

概要[編集]
全線単線の非電化路線で、JRの幹線路線としては日本最東端となる。さらに支線部を含めない鉄道路線としてはJR北海道最長路線でもある(支線部を含めた鉄道路線では函館本線がJR北海道最長)。
引用元:根室本線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B9%E5%AE%A4%E6%9C%AC%E7%B7%9A

宗谷本線(そうやほんせん)は、北海道旭川市の旭川駅から名寄市の名寄駅を経て、稚内市の稚内駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(地方交通線)である。

路線諸元
路線距離 259.4 km
軌間 1,067 mm(狭軌)
線路数 複線(旭川 – 北旭川間)
単線(北旭川 – 稚内間)
電化方式 交流20,000 V・50 Hz 架空電車線方式
(旭川 – 北旭川間)
非電化
(北旭川 – 稚内間)

概要[編集]
北方領土を含めない日本最北の地に至る鉄道で、地方交通線としては日本最長である(幹線を含めると山陰本線が日本最長)。山間部や無人地帯を走行する路線のため、野生動物との接触事故が発生することがしばしばある。また、名寄駅 – 稚内駅間は地質が脆弱な箇所があり、集中豪雨による災害が頻繁に発生している[報道 1]。
宗谷本線は、樺太(サハリン)への連絡鉄道として、建設が進められたものである。終点の稚内からは、大泊(コルサコフ)への鉄道連絡船(稚泊航路)が太平洋戦争終戦時まで就航していた。このため、全国的に列車本数の削減がたびたび行われた太平洋戦争当時にあって、北海道内で最後まで急行列車が運行されていた。また、次第に延伸されるに従い、沿線を流れる天塩川の舟運に代わり、沿線及び道北各地で産出される木材や石炭等の鉱物、水産物を輸送する重要な貨物輸送路線としての使命も担うことになった。
引用元:宗谷本線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E8%B0%B7%E6%9C%AC%E7%B7%9A

石北本線(せきほくほんせん)は、北海道旭川市の新旭川駅から北見市の北見駅を経て、網走市の網走駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(地方交通線)である。

路線諸元
路線距離 234.0 km[1]
軌間 1,067 mm(狭軌)[1][3]
線路数 全線単線[1]
電化方式 全線非電化[3]

概要[編集]
北見・網走を目指して建設された複数の路線が繋ぎ合わされて完成した路線である。一つ目は名寄から興部、遠軽を経て北見に至る湧別線ルート、二つ目は十勝地方の池田から北見、網走に至る網走本線ルート、三つ目は旭川から北見峠を越えて遠軽を短絡する石北線ルートである。1932年(昭和7年)10月1日に難所だった北見峠を越える石北線が全通して、旭川から北見・網走方面を結ぶ最短経路の鉄道が開通した。
引用元:石北本線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8C%97%E6%9C%AC%E7%B7%9A

室蘭本線(むろらんほんせん)は、北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(幹線)である。
北海道山越郡長万部町の長万部駅から、室蘭市、苫小牧市等を経て岩見沢市の岩見沢駅を結ぶ本線と、室蘭市の東室蘭駅から室蘭駅までを結ぶ支線からなる。

路線諸元
路線距離 211.0 km(長万部 – 岩見沢間)
7.0 km(東室蘭 – 室蘭間)
軌間 1,067 mm

概要[編集]
長万部駅と岩見沢駅の両端で函館本線と接続している路線であり、長万部駅 – 苫小牧駅間では海沿いを、苫小牧駅 – 岩見沢駅間では内陸部を走る。
現在、全線を通して運転される旅客列車は無い。長万部駅から千歳線と接続する沼ノ端駅までの間は札幌駅発着の特急列車が多く経由する区間となっており、札幌市と函館市とを結ぶ動脈の一部となっている。このうち室蘭駅 – 東室蘭駅 – 沼ノ端駅間は交流電化されている。一方、沼ノ端駅 – 岩見沢駅は優等列車の運転が無く、ローカル輸送が中心となっている。日本貨物鉄道(JR貨物)による貨物列車は支線を除く全線で運転されている。
引用元:室蘭本線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A4%E8%98%AD%E6%9C%AC%E7%B7%9A

釧網本線(せんもうほんせん)は、北海道網走市の網走駅と釧路市の東釧路駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(地方交通線)である。
国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』やJR線路名称公告では東釧路駅が起点とされているが[1]、列車運行上は網走から釧路に向かう列車が下りとなっている[注釈 1]。本項では網走駅を起点として記述する。

路線諸元
路線距離 166.2 km
軌間 1,067 mm(狭軌)
線路数 全線単線
電化方式 全線非電化

概要[編集]
太平洋沿岸の釧路とオホーツク海沿岸の網走を結ぶ目的で建設された路線で、網走などに流された囚人らの手で建設された。当初は網走と厚岸とを結ぶ計画であったが、釧路の発展が著しかったことから網走と釧路を結ぶ路線へと変更された[2]。網走側は、網走本線(あばしりほんせん)の延長として1924年(大正13年)から1929年(昭和4年)にかけて札鶴(のちの札弦)まで開業し、釧路側は、釧網線として1927年(昭和2年)から1930年(昭和5年)にかけて川湯(のちの川湯温泉)まで開業した。このうち、標茶 – 弟子屈(のちの摩周)間は、1896年(明治29年)8月1日に営業休止(事実上の廃止)となった釧路鉄道の旧路盤を利用している。1931年(昭和6年)9月20日に川湯 – 札鶴間が開業し、全通。釧網線に網走本線の網走以東を編入し、現在の姿となった。
引用元:釧網本線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%A7%E7%B6%B2%E6%9C%AC%E7%B7%9A

日高本線(ひだかほんせん)は、北海道苫小牧市の苫小牧駅から様似郡様似町の様似駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(地方交通線)である。

路線諸元
路線距離 146.5 km
軌間 1,067 mm(狭軌)
線路数 全線単線
電化方式 全線非電化

概要[編集]
王子製紙の関連会社であった苫小牧軽便鉄道(1913年(大正2年)10月1日開業)と日高拓殖鉄道(1924年(大正13年)9月6日開業)という2つの軽便鉄道(軌間:762 mm)を、改正鉄道敷設法別表第133号に規定する予定線の一部として1927年(昭和2年)8月1日に国有化して改軌(軌間:1,067 mm)し、これを1933年(昭和8年)から1937年(昭和12年)にかけて様似駅まで延長した路線である。計画では、襟裳岬を回って広尾を経て帯広まで結ぶこととされ、帯広側では広尾線が広尾駅まで開業していたが、広尾線は1987年(昭和62年)2月2日に廃止されている。未成区間の様似駅 – 広尾駅間はジェイ・アール北海道バスの日勝線で連絡している。
引用元:日高本線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%AB%98%E6%9C%AC%E7%B7%9A

留萌本線(るもいほんせん)は、北海道(空知管内)深川市の深川駅から(留萌管内)留萌市の留萌駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(地方交通線)である。”本線”を名乗るJR線の中では、最も短い路線である。

路線諸元
路線距離 50.1 km
軌間 1,067 mm(狭軌)
線路数 全線単線
電化方式 全線非電化

概要[編集]
天塩地方随一の良港として栄えた留萌港への石炭や木材、海産物等の輸送のため、北海道鉄道敷設法に規定する、予定線として建設された路線である。1910年(明治43年)11月23日に深川駅 – 留萠駅間が[1][報道 1][報道 2]、1921年(大正10年)11月5日に留萠駅 – 増毛駅間が開業した[1][報道 3]。また、改正鉄道敷設法の別表では、日本海岸沿いに札幌駅から終点の増毛駅までの路線の計画があった。
その後、1927年(昭和2年)10月25日には留萠駅 – 大椴駅間[2]、1928年(昭和3年)10月10日には大椴駅 – 鬼鹿駅間[2]、1931年(昭和6年)8月15日には鬼鹿駅 – 古丹別駅間[2][新聞 1]が留萠線として延伸開業したが、これらの区間は同年10月10日に留萠線から分離し、羽幌線に編入された[新聞 2]。なお、1927年(昭和2年)10月25日の羽幌線開業当初[2]、羽幌線の列車は留萠駅を発車した後、深川方面の東留萠信号場まで1.3 km 走行し、同信号場でスイッチバックして羽幌方面に北上していた。これを解消するため、1941年(昭和16年)12月9日に羽幌線の留萠駅 – 三泊駅間が新線に付け替えられ[2]、留萠駅に羽幌線用の4・5番ホームを新設した。なお、東留萠信号場 – 留萠駅間は留萠本線・羽幌線の二重戸籍区間だったが、新線敷設と共に解消され、東留萠信号場も廃止された。
開業以来、線名・駅名の表記は「留萠」、地名などは「留萌」だったが、1997年(平成9年)4月1日に留萠から留萌に変更している[1][3][新聞 3]。かつては多くの駅に交換設備が設置されていたが、閉塞合理化に伴い、1984年(昭和59年)2月1日に北一己駅・藤山駅[4]、1986年(昭和61年)11月1日に秩父別駅[4]・恵比島駅[4]・幌糠駅[4]・大和田駅[4]、1994年(平成6年)12月に石狩沼田駅の交換設備がそれぞれ撤去された。2015年(平成27年)3月14日時点で、交換設備が存在する駅は峠下駅・留萌駅のみであり、増発は困難になっている。
2016年(平成28年)12月5日、留萌駅 – 増毛駅間が廃止された(経緯は後述)[報道 4][報道 5]。これにより、長らくJRで”本線”を名乗る最短路線であった九州旅客鉄道(JR九州)筑豊本線 (66.1km) を下回り”本線”を名乗る最短路線となった。
引用元:留萌本線 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%99%E8%90%8C%E6%9C%AC%E7%B7%9A