いなば、紀伊、みずほ



次の寝台特急を
廃止されたのが
早い順に選びなさい
いなば
紀伊
明星
出羽
ゆうづる
みずほ
あさかぜ
36%

ゴロ「いきみでゆみあ」
寝台で出産するようなイメージで

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次の日本の寝台特急を
登場したのが早い順に
選びなさい
あさかぜ
さくら
あけぼの
北斗星
トワイライトエクスプレス
はやぶさ
サンライズ出雲
カシオペア

ゴロ「朝さあ北斗は参加」
引用元:寝台特急登場順「あさかぜ」「さくら」「あけぼの」「北斗星」 廃止順「いなば」「出羽」「みずほ」「あさかぜ」 http://seethefun.net/%e7%a4%be%e4%bc%9a/18707/

寝台列車(しんだいれっしゃ)とは、夜行列車のうち寝台車を主体とした列車を指す。

日本の寝台列車[編集]

1960年代に発行された日本交通公社の『時刻表』では、「寝台車を主体にして、全部の車両が指定制の列車」と定義していた。同時刻表は1963年7月号まで「寝台専用列車」の表記を用い、8月号から「寝台列車」に変更されている[1]。したがって、自由席を含む座席車が主体で、編成内に少数の寝台車が含まれる「津軽」などは「寝台列車」とされなかった。
「寝台特急」は、「寝台列車」のうちの特急列車であり、20系客車以降の固定編成客車による「ブルートレイン」や、285系電車による寝台列車がある。
引用元:寝台列車 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9D%E5%8F%B0%E5%88%97%E8%BB%8A

寝台特急いなば号の簡単な解説

◆ 東京~米子を結んでいた夜行列車、寝台特急いなば号。東京~名古屋間は寝台特急紀伊号との併結運転を行なっていた。牽引機は一貫して「東京~京都間:EF58」、「京都~米子間:DD51」。この一貫してEF58が牽引した定期の寝台特急はこの列車のみであろう。客車は14系8両で、オシ14形を含んでいたが食堂車の営業は行われなかった。

山陰本線の寝台特急というと現在では寝台特急サンライズ出雲、一昔前には東京~浜田・出雲市を結んで2往復運転されていたブルートレイン出雲号が代表的。

とはいえ、わずか3年半ほどであったが、寝台特急いなば号(東京~米子)がブルートレインとしての姉妹列車として出雲号と共存していた頃があった。兵庫県北部や鳥取県と首都圏を結ぶ需要を想定して設定されたものだった。

しかし、高い需要を誇っていた出雲号を補完するために運転区間を延長して出雲市発着とするため、名称適正化のために統合したことによって、いなばを廃止、出雲を2往復化した経緯を持つ。

寝台特急いなば号のデータファイル

【登場時:1975年3月10日】寝台特急いなば号新設。
●運転区間:東京~米子  運転本数:1往復  使用車両:14系
【1978年10月2日改正】寝台特急いなばを区間延長して寝台特急出雲3・2号に変更(寝台特急紀伊併結)。
引用元:寝台特急いなば号◆トレインマーク&データファイル! | 愛称別トレインマーク事典 http://nihonkai.exp.jp/hm/i/inaba-bt.html

概要[編集]
「紀伊」は東海道新幹線の開業により利用客が減少した東京駅 – 湊町駅(現在のJR難波駅)間の「大和」、東京駅 – 鳥羽駅間の「伊勢」、東京駅 – 紀伊勝浦駅間の「那智」の各列車を統合した急行列車として、1968年10月に東京駅 – 王寺駅・鳥羽駅・紀伊勝浦駅間で運転を開始した。なお、王寺駅発着列車の奈良駅 – 王寺駅間は普通列車として運転されていた。
運転開始当初から東京駅 – 名古屋駅間は急行「出雲」2号・3号と併結運転が行われていたが、1972年3月に鳥羽駅・王寺駅発着の列車を廃止して東京駅 – 紀伊勝浦駅間のみの運転になると、「銀河」1号(上下とも)と 東京駅 – 名古屋駅間で併結運転を行うようになった。
1975年3月には特急に格上げされ、いわゆる「ブルートレイン」の一群となったが、東京駅発着のものとしては当時最短の621km(営業キロ)であった[1]。
1984年2月に廃止されている。
引用元:紀伊 (列車) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E4%BC%8A_(%E5%88%97%E8%BB%8A)

寝台特急「明星」
昭和43年に関西と九州を鹿児島本線経由で結ぶ寝台特急列車として誕生。
誕生時は583系電車1往復でしたが、次々と増発され昭和47年には4往復(すべて583系電車)に。
昭和50年には客車編成4往復を加え計7往復まで成長。
その後列車整理で減便されていき、昭和57年には客車編成1往復のみとなり
昭和61年11月に運転終了となりました。
引用元:夜行列車資料館-寝台特急「明星」 http://www.jnrpc.com/N-TRAIN/MYOUJYOU.html

「あけぼの」人気を受ける形で、その救済を目的として登場した列車。1982(昭和57)年、それまでの昼行気動車急行「出羽」(上野~酒田)の名前と、夜行急行「鳥海」の運行区間を引き継ぎ、特急に格上げして登場。首都圏と山形・秋田県の日本海側の各都市を連絡することになり、1往復が運転されることになった。
 これに伴い「鳥海」は昼行特急の愛称に回ったのだが、1990年に奥羽本線経由の「あけぼの1号・4号」が山形新幹線建設に伴い羽越本線経由となることから「鳥海」の愛称を再転用し、上野~青森の夜行特急として運転を開始。これによって庄内地方は「出羽」、秋田以北は「鳥海」となるよう利用しやすいダイヤが設定された。
 しかし1993年、夜行列車需要の減少にともない両列車は統合されることになり、愛称は「鳥海」が存続。「出羽」の愛称は消滅してしまった。なお、1997(平成9)年には「鳥海」はさらに「あけぼの」と統合されて愛称が消滅している。
引用元:寝台特急 出羽 http://www.uraken.net/rail/kokutetsu/bdewa.html

列車の解説

 国鉄、JR東日本で運行された特急で、東北本線経由の「はくつる」に対し、こちらは常磐線・東北本線経由で首都圏と東北地方北部を結んだブルートレインである。

 東北新幹線開業直前には定期、臨時併せて、14系もしくは24系客車の運転が4往復、583系による運転が3往復の計7往復と多数が運転されており、特に583系運転の列車は青函連絡船との乗り継ぎを考慮した、北海道連絡特急としての役割を担っていた。また、東北新幹線が大宮で暫定開業すると、客車「ゆうづる」1往復が583系化の上、「はくつる」に移行し、東北新幹線上野開業により、583系「ゆうづる」は1往復へ削減された。

 そしてJR発足後の1988(昭和63)年3月改正で、青函トンネル経由で上野~札幌を結ぶ寝台特急「北斗星」誕生に伴い、客車「ゆうづる」は発展的に列車が消滅。さらに1993(平成5)年12月改正で、「はくつる」に統合されて、「ゆうづる」はその歴史に幕を閉じた。
引用元:全国の列車ガイド(特急【ゆうづる】) – 日本の旅・鉄道見聞録 http://www.railstation.net/duke/ressha/ltdexp_yuzuru.html

概要
寝台特急みずほ
東京~九州間の寝台特急はあさかぜ博多行・さくら長崎行・はやぶさ西鹿児島行とあったが、当時の需要に追いつかない事から東京~熊本間に設定されたのが特急みずほである。一年で定期化されたが、当初は臨時列車として設定されていた為か廃止まで地味なブルートレインというイメージであった。

日豊本線初の寝台特急として大分編成を併設していた時期もあったが、東海道新幹線開業のダイヤ改正以降は東京駅と大分駅以南を結ぶ列車名は長い間富士として運行される事となる。そして東京~西鹿児島・長崎間を運行していたはやぶさとの運用変更で長崎編成を併設する事となるが、廃止まで東京~熊本・長崎間の運行区間は変化されなかった。

そして東京~九州間に運行されていた寝台特急あさかぜ・さくら・はやぶさ・みずほ・富士の中で一番最初に廃止された列車名となってしまった。ちなみに末期の寝台特急さくらは鳥栖駅まで東京~熊本間のはやぶさを併設していたが、これは末期のみずほの運行形態と同一である。

年表
寝台特急みずほ
1961年10月 東京~熊本間に臨時寝台特急みずほが設定される。

1962年10月 臨時特急みずほ定期化される。

1963年6月 運行区間が東京~熊本・大分間になる。

1964年10月 東京~大分間は新設された特急富士に分離した事から特急みずほの運行区間は再び東京~熊本間となる。尚、前日までの大分編成は博多駅で増解結していた。

1968年10月 全編成の運行区間が東京~熊本間となる。

1975年3月 東京~西鹿児島・長崎間の特急はやぶさの長崎編成分離でみずほの運行区間は東京~熊本・長崎間となる。

1994年12月 長崎駅発着のさくらに吸収される形で廃止。
引用元:みずほ(列車)とは (ミズホとは) [単語記事] – ニコニコ大百科 http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%BF%E3%81%9A%E3%81%BB(%E5%88%97%E8%BB%8A)

寝台特急あさかぜ号は東京と下関の間を結ぶ夜行列車です。東海道本線、山陽本線を横浜、静岡、名古屋、岡山、広島、岩国、小郡経由で結ぶ寝台特急列車です。昭和31年11月19日登場の戦後初の寝台専用特急列車です。当初の運転は東京 – 博多間の運転であった。昭和33年10月1日から20系での運転となりブルートレインの代名詞となりました。現在は東京 – 下関間運転となっています。

寝台特急あさかぜ号は残念ながら2005年3月1日のダイヤ改正で廃止されることになりました。。
引用元:ほどちゃんの島 – 寝台特急あさかぜ http://hodo.blue.coocan.jp/s/burutore/asakaze/