「山口村」越境合併


2005年に岐阜県中津川市と越境
合併し話題となった、かつて
長野県にあった村は「◯◯村」?
◯の漢字をひらがなで答えなさい
やまぐち(答)
38%
山口村

山口村 (長野県)

山口村(やまぐちむら)は、長野県南西部にあった木曽郡の村である。島崎藤村の出生地である馬籠宿で有名である。
2005年(平成17年)2月13日、岐阜県中津川市と県を超えた合併をした。この越県合併は1959年(昭和34年)1月1日に栃木県足利郡菱村が群馬県桐生市へ編入されて以来46年ぶりのことである。

地理[編集]
長野県南西部に位置し、木曽川を挟んで岐阜県に接する村だった。地形的にも村の大半が隣接する中津川市と繋がる形となっており(村内にはNHK長野放送局以外のテレビ局の中継局が無く、ほとんどの世帯が名古屋市及び岐阜市の各局の坂下テレビ中継局を受信していた。ラジオも名古屋・岐阜局の中津川中継所からの電波を聴取していた。なお、NHK長野の中継所は2007年7月までは長野放送局管轄【NHK放送センター管内】であったが、NHK岐阜放送局【名古屋放送局管内】に編入された)、そのため、長野県よりも岐阜県との繋がりが昔から深く、それが後の越境合併に至る最大の要因になった。
村の東部には標高1,000m以上の山々が連なり、西部には木曽川の河岸段丘が広がり集落が点在する。村南部にある旧中山道馬籠宿は文豪島崎藤村の出身地として知られ、観光名所となっている。
引用元:山口村 (長野県) – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E6%9D%91_(%E9%95%B7%E9%87%8E%E7%9C%8C)

1月25日、総務大臣の廃置分合決定告示

 1月25日、総務大臣から「地方自治法(昭和22年法律第67号)第7条第3項の規定により、長野県木曽郡山口村を廃し、その区域を岐阜県中津川市に編入することとしたので、同条第6項の規定に基づき、告示する。この処分は、平成17年2月13日からその効力を生ずるものとする。<総務大臣告示第123号>」という内容の告示がなされました。  これにより、合併に関する法的手続きはすべて完了し、平成17年2月13日に新「中津川市」が誕生することが正式に決まりました。
引用元:中津川市・山口村合併協議会の記録 – 中津川市 http://www.city.nakatsugawa.gifu.jp/wiki/index.php/%E4%B8%AD%E6%B4%A5%E5%B7%9D%E5%B8%82%E3%83%BB%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E6%9D%91%E5%90%88%E4%BD%B5%E5%8D%94%E8%AD%B0%E4%BC%9A%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2

1959年1月1日に栃木県足利郡菱村が群馬県桐生市へ編入されて以来、46年ぶりの越県合併となった山口村の岐阜県編入。2005年2月13日、長野県木曽郡山口村は、岐阜県中津川となりました。様々な意見が飛び交って、当時はかなり話題となったのですが、村民の生活圏がおおよそ岐阜県中津川市だということで、合併されることに。馬籠宿という観光地が長野県から岐阜県に行くことや、そもそも県に対する思いもあって反対していた人もかなりいたようですが、それから約7年半が経過。行ってみると、まだまだ長野県の痕跡が各所に残っていたので一部を紹介します。

本来なら、岐阜県の道路部分と私有地との境界を示すはずなのですが、昔の名残で長野県っていう標が埋まっていました。確かに、全部付け替えて行くのは大変ですものね・・・。順次、順次行っていくことになるのでしょう。
引用元:越県合併の旧山口村に行ってみた!やっぱり長野県の痕跡が残ってる!!! – 長野ウラドオリ http://www.uradoori.com/archives/18673024.html