三島海雲「カルピス」小平浪平「日立製作所」大倉和親「ノリタケ」


次の実業家と、その人物が
大正時代に創業した会社の
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三島海雲───カルピス
小平浪平───日立製作所
大倉和親───ノリタケ
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三島 海雲(みしま かいうん、1878年7月2日 – 1974年12月28日)は、日本の実業家。カルピス株式会社創業者。

>1917年、カルピス社の前身となるラクトー株式会社を恵比寿に設立。発酵クリーム「醍醐味」、脱脂乳に乳酸菌を加えた「醍醐素」、生きた乳酸菌が入った「ラクトーキャラメル」などを開発、販売するがことごとく失敗する。海雲は人望が厚かったようで、この間にも多くの財界人などから援助を得た。
1919年、試行錯誤の末、世界で初めての乳酸菌飲料の大量生産に成功。7月7日にカルピスとして発売する。
1923年、ラクトー株式会社をカルピス製造株式会社に商号変更。
1949年、カルピス社、東京証券取引所に株式上場。

特色[編集]
海雲はマーケティング活動にも秀でていた。「カルピス」という特色ある商品名の考案、「初恋の味」というキャッチフレーズの採用のほか、有名な黒人マークは今でいう国際コンペで募集されたものである。また、関東大震災時に善意から無料でカルピスを配給したこともカルピスの知名度向上に貢献した。1920年に動物愛護会とのタイアップによる伝書鳩レース、1926年には日比谷公園での囲碁大会など、今でいうところの企業広告、PR活動を展開した。
「カルピス」の商品名はサンスクリット語の仏教用語が語源である。このように海雲の生涯の根底には仏教精神、仏教哲学があり、学生の頃より、「国利民福」(国の利益と人々の利益)を旨としていた。
引用元:三島海雲 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E6%B5%B7%E9%9B%B2

小平 浪平(おだいら なみへい、1874年1月15日 – 1951年10月5日)は、日本の技術者・実業家で、株式会社日立製作所の創業者である。
東京帝国大学工科大学電気工学科(現東京大学工学部)を卒業し、日立製作所取締役社長や同社の専務取締役などを歴任した。
1910年には、国産初の5馬力誘導電動機(モーター)を完成させた。
引用元:小平浪平 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B9%B3%E6%B5%AA%E5%B9%B3

大倉和親 おおくら-かずちか

1875-1955 大正-昭和時代の実業家。
明治8年12月11日生まれ。大倉孫兵衛の長男。明治27年伯父森村市左衛門の商社森村組にはいり,欧米で白色硬質磁器を研究する。37年父や森村が設立した日本陶器(現ノリタケ)代表社員(のち社長)。ノリタケチャイナの名を世界にひろめる。分離設立の東洋陶器(現東陶機器),日本碍子社長もかねた。昭和30年7月1日死去。79歳。東京出身。慶応義塾卒。
引用元:大倉和親(おおくら かずちか)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%A4%A7%E5%80%89%E5%92%8C%E8%A6%AA-1060072