「クニオ・ナカムラ」パラオ元大統領


1993年にパラオの第5代
大統領に就任した日系人は
クニオ・ナカムラである
◯(答)
×トシオ・ナカヤマ
66%

クニオ・ナカムラ(Kuniwo Nakamura、中村 國雄、1943年11月24日 – )は、パラオの政治家、元パラオ大統領。日系人。

南洋諸島(当時は南洋庁管轄下の日本委任統治領)の中心都市・コロール(パラオ共和国の旧首都)で、ペリリュー首長部族の娘アリール・ベトックと三重県伊勢市大湊町出身の船大工・中村善七との間に8人兄弟姉妹の7番目として生まれた(二番目の兄のダイジロウは元パラオ議会議員で現在は駐日大使。三番目の兄のトシオはパラオ立法議会の長となり憲法の非核条項はトシオの主導で作成されることとなる。4番目の兄のマモルはパラオ最高裁判所初代判事長)。 戦時中はペリリューからパラオ本島アイメリークのエウレイ村に強制移住、2歳の夏、日本の敗戦によってパラオは米国の信託統治領「太平洋諸島信託統治領」となる。

>1989年副大統領に就任したナカムラはアメリカとの自由連合盟約とセットでの独立を訴え続け、1992年に憲法のこの条項は「アメリカとの自由連合盟約に関する部分だけ住民投票で50%以上の承認」と限定的に修正された[1]。1993年、大統領に就任。自由連合盟約の条件を折衝。アメリカとの自由連合盟約が住民投票で承認される。1994年には独立と国際連合加盟を果たす。
引用元:クニオ・ナカムラ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%83%A9

トシオ・ナカヤマ(Tosiwo Nakayama、中山 利雄[1]、1931年11月23日 – 2007年3月29日)は、ミクロネシア連邦初代大統領。日系人。
日本人の父と酋長の娘マルガレッタとの間に生まれた。[1] 1979年アメリカ合衆国の国連信託統治領であったミクロネシアが独立した際、初代大統領に選出され、1987年まで2期8年務めた。
2007年3月29日ハワイ、ホノルルのハワイ・メディカル・センターで死去した。75歳。
引用元:トシオ・ナカヤマ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%A4%E3%83%9E