「箕作佳吉」真珠養殖に貢献 カメの発生ナマコの分類


真珠王・御木本幸吉に対して
「真珠の養殖は可能だ」と
助言した日本の動物学者は?
箕井佳雄
本川禎夫
実吉達吉
箕作佳吉(答)
みつくりかきち
25%


日本で真珠の養殖量が
最も多いのは三重県である
×(答)
◯愛媛県


理科教育に音楽を取り入れ「歌う生物学者」とも呼ばれる 東京工業大学の教授は?
本川達雄(答)
もとかわたつお

四択
血液中のコレステロール値を低下させる薬物「スタチン」発見した功績から2008年にラスカー賞を受章した日本の生物学者は?
増井禎夫(答)
ますいよしお

順番当て
次の財団法人時代の理化学研究所の所長を就任した順に選びなさい
菊池大麓
古市公威
大河内正敏
仁科芳雄

箕作 佳吉(みつくり かきち、1858年1月15日(安政4年12月1日)- 1909年(明治42年)9月16日)は明治時代の日本の動物学者。理学博士。

>業績[編集]
「真珠王」こと御木本幸吉に対して真珠の養殖が学理的に可能であると助言した。
日本動物学会を結成した。
三崎臨海実験所を設立した。
引用元:箕作佳吉 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%95%E4%BD%9C%E4%BD%B3%E5%90%89

箕作佳吉
みつくりかきち
(1858―1909)

動物学者。津山藩医で洋学者箕作秋坪(しゅうへい)の三男として江戸に生まれる。数学者菊池大麓(だいろく)は実兄、史学者箕作元八(げんぱち)は実弟。慶応義塾、大学南校に学び、1873年(明治6)渡米、ハートフォード中学、レンサラー工科大学を経て、エール大学およびジョンズ・ホプキンズ大学で動物学を修めた。1881年、訪欧したのち帰国して東京大学に勤務、翌年日本人として最初の動物学教授となり、以後没するまでその職にあって、1886年に三崎臨海実験所を創設するなど、日本の動物学の発展に尽くした。カメの発生やナマコの分類の研究は世界的に著名であり、カキや真珠の養殖にも貢献した。1901~1907年まで東京帝国大学理科大学学長を務め、また女子教育にも熱心であった。著書に『通俗動物新論』(1895)、『普通教育動物学教科書』(1900)などがある。[磯野直秀]
引用元:箕作佳吉(ミツクリカキチ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%AE%95%E4%BD%9C%E4%BD%B3%E5%90%89-638650