イブン・バットゥータ『三大陸周遊記』旅行家 イブン・ルシュド『医学大全』哲学者 イブン・シーナー『医学典範』イブン・ハルドゥーン『歴史序説』イブン・ファドラーン『ヴォルガ・ブルガール紀行』イブン・アルハイサム『視覚論』

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14世紀の旅行家
モロッコ生まれ
ユーラシアとアフリカ各地を旅行
『三大陸周遊記』
イブン・ハルドゥーン
イブン・シーナー
イブン・バットゥータ(答)
イブン・アルハイサム

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次のうち、モロッコに
実際にある国際空港は?
イブン・ルシュド国際空港
イブン・バットゥータ国際空港(答)
イブン・シーナー国際空港
イブン・ハルドゥーン国際空港

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コルドバ出身の哲学者
『医学大全』を著す
アリストテレス哲学の注釈
ラテン名は「アヴェロエス」
イブン・バットゥータ
イブン・アルハイサム
イブン・ルシュド(答)
イブン・ハルドゥーン

イブン・バットゥータ(英: Ibn Battuta、アラビア語: ابن بطوطة‎ ibn baṭṭūṭah‎、全名アブー・アブドゥッラー・ムハンマド・イブン・アブドゥッラー・アッ=ラワーティー・アッ=タンジー(アラビア語: أبو عبد الله محمد ابن عبد الله اللواتي الطنجي‎ ʾabū ʿabd allāh muḥammad ibn ʿabd allāh al-lawātī al-ṭanǧī、1304年2月24日 – 1368年)は、マリーン朝(現モロッコ)のタンジェ生まれのイスラム法学者・旅行家。
>マリーン朝スルターン・アブー・イナーン・ファーリスの命令を受けて、イブン・ジュザイー(英語版)が口述筆記を行ない、1355年に旅行記『諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物』(تحفة النظار في غرائب الأمصار وعجائب الأسفار‎ tuḥfat al-naẓār fī ġarāʾib al-ʾamṣār wa-ʿaǧāʾib al-ʾasfār、通称Rihla)が完成する。この旅行記は19世紀にヨーロッパにも紹介され、各国語に翻訳されて広く読まれた。
現在、タンジェには彼の名を冠した「イブン・バットゥータ通り」やイブン・バットゥータ国際空港があり、イブン・バットゥータの墓と伝えられる白亜の廟も建っている。
引用元: イブン・バットゥータ – Wikipedia.

アブー・アル=ワリード・ムハンマド・イブン・アフマド・イブン・ルシュド(アラビア語: أبو الوليد محمد بن أحمد بن رشد‎ abū al-walīd muḥammad ibn ʾaḥmad ibn rušd, 1126年 – 1198年)は、スペインのコルドバ生まれの哲学者。
>アテナイの学堂で描かれたイブン・ルシュド(中央の人物)
アヴェロエス (ラテン語: Averroes) の名でよく知られている。アラブ・イスラム世界におけるアリストテレスの注釈者として有名。また、医学百科事典を著した。
引用元: イブン・ルシュド – Wikipedia.

イブン・ハルドゥーン[注釈 1] (アラビア語: ابن خلدون‎, 英語: Ibn Khaldun, 1332年5月27日 – 1406年3月19日)は中世のイスラーム世界を代表的する歴史家、思想家、政治家。イスラーム世界最大の学者とも呼ばれる[2]。
>ペジャーヤを去った後は政治の表舞台から身を引き、学究の道に邁進する。現アルジェリアのイブン・サラーマ城(英語版)にて西アジアイスラム史の体系化を試み[24]、歴史書『イバルの書(アラビア語版)』[注釈 3]を著して、学界において確固たる地位を築く。カイロに移住して活発な講演活動を展開し、マムルーク朝のスルタン・バルクークの信任を得て、多くの学院の教授職を歴任し、マーリク派の大法官に任ぜられた。
引用元: イブン・ハルドゥーン – Wikipedia.

アフマド・イブン・ファドラーン・イブン・アル=アッバース・イブン・ラーシド・イブン・ハンマード(ラテン文字表記:Ahmad ibn Fadlān ibn al-Abbās ibn Rāšid ibn Hammād, アラビア語: أحمد بن فضلان بن العباس بن راشد بن حماد‎)は10世紀のアラブ人の旅行家であり、アッバース朝カリフがヴォルガ・ブルガール王に派遣した使節団に加わった際に記した見聞録[1]で知られる。彼の見聞録は、船葬(en:ship burial)の目撃を含む、ヴォルガのヴァリャーグ(ルーシ・カガン国)についての報告で有名である。
>引用元: アフマド・イブン・ファドラーン – Wikipedia.

イブン‐シーナー 【Ibn Sn】
 [980~1037]中央アジア出身のイスラム哲学者・医学者。アリストテレスを研究。「治癒の書」「医学典範」を著し、中世ヨーロッパに大きな影響を及ぼした。ラテン語名、アビセンナ。
引用元: イブンシーナー とは – コトバンク.

イブン・アルハイサム【Ibn al‐Haytham】  965ころ‐1039
ラテン名アルハーゼンAlhazen。数学と観察実験に秀でた物理学者。バスラに生まれ,ナイル川の水位を調節しうると称して,ファーティマ朝のカリフ,ハーキムに招かれたが,その不可能なことを知り,狂人を装って科学研究に専念した。カイロで没。物理学・数学・天文学・医学・哲学についてきわめて多くの著作をものした。中でも《視覚論》では,眼の解剖学的記述を行い,また反射光学や屈折光学の複雑な問題を解いた。この書物はラテン語訳されて西欧世界に伝えられ,R.ベーコン,ウィテロ,ケプラーなどに大きな影響を与えた。
イブン・アルハイサム【Ibn al‐Haytham】  965ころ‐1039

ラテン名アルハーゼンAlhazen。数学と観察実験に秀でた物理学者。バスラに生まれ,ナイル川の水位を調節しうると称して,ファーティマ朝のカリフ,ハーキムに招かれたが,その不可能なことを知り,狂人を装って科学研究に専念した。カイロで没。物理学・数学・天文学・医学・哲学についてきわめて多くの著作をものした。中でも《視覚論》では,眼の解剖学的記述を行い,また反射光学や屈折光学の複雑な問題を解いた。この書物はラテン語訳されて西欧世界に伝えられ,R.ベーコン,ウィテロ,ケプラーなどに大きな影響を与えた。


イスラムの科学者
バスラ生まれ
カリフのハーキムに仕える
光学の研究
→イブン・アルハイサム

連想
アラブの歴史家
チュニス生まれ
ナスル朝やマムルーク朝に仕える
『歴史序説』
→イブン・ハルドゥーン

アッバース朝の地理学者
10世紀にロシアを旅行
映画『13ウォリアーズ』の主人公
『ヴォルガ・ブルガール旅行記』
→イブン・ファドラーン

次のイスラム史上の人物とその著書と正しい組み合わせを選びなさい
イブン・ファラドーン───ヴォルガ・ブルガール紀行
イブン・バットゥータ───三大陸周遊記
イブン・ルシュド───医学大全
イブン・シーナー───医学典範
イブン・ハルドゥーン───歴史序説