「コンヤ」 メヴィレヴィー教団創始者ルーミーの墓廟があるトルコの観光都市

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イスラム神秘主義者・メヴラーナ
が提唱した「踊るイスラム教」で
有名な、トルコ・アナトリア地方
の観光地となっている都市は?
トナト
レルー
タンヤ
コンヤ(答)
Konya

コンヤ (Konya) は、トルコの都市。コニヤとも表記される。
>トルコ内陸アナトリア地方の主要都市のひとつ。コンヤ県の県都で、2009年の人口は約100万人。
パウロがキリスト教の布教に訪れたことで知られる都市イコニウム (Iconium) の後身で、西欧諸言語における伝統的な表記はConiaあるいはKonia(コニア)である。
>この間、1228年には中央アジアのバルフ(現在のアフガニスタン北部)に生まれたイスラム神秘主義者、ルーミー(メヴラーナ)がカイクバード1世の招請によってコンヤに定住、1273年に亡くなるまでコンヤで活動し、トルコを代表する神秘主義教団であるメヴレヴィー教団を開いた。コンヤにあるルーミーの墓廟はオスマン帝国期にはメヴレヴィー教団の道場に使われていたが、1927年にケマル・アタテュルク政権によって神秘主義教団が解散され、ルーミー廟は閉鎖された。廟は現在はメヴラーナ博物館として一般公開されており、宗教性を薄められた今もなおコンヤを代表する建造物である。この他、コンヤにはカイクバード1世の建立したアラエッディン・モスクやセリム2世のセリミエ・モスクなど多くのモスクがあり、アナトリア随一の宗教都市として繁栄したかつての姿を現在に伝えている。
引用元:コンヤ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%A4

コンヤ(Konya)

トルコ中南部の都市。アナトリア地方の主要都市の一つ。11世紀末以降、ルームセルジューク朝の首都となり、カイクバード1世の治下において発展。13世紀、イスラム神秘主義(スーフィズム)のメウレウィー教団が設立された。教団の創始者ルーミーの霊廟(現在はメウレウィー教団に関する博物館)、アラアッディンモスクのほか、カラタイ神学校をはじめとする13世紀頃に創設された神学校が多く残っている。
引用元:コンヤ(コンヤ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%A4-667473

ジャラール・ウッディーン・ルーミー(ペルシア語: جلال‌الدین محمد رومی‎、Mawlānā Jalāl ad-Dīn Muḥammad Balkhī-e-Rūmī; トルコ語: Mevlânâ Celaleddin-i Rumi、1207年9月30日 – 1273年12月17日)はペルシャ語文学史上最大の神秘主義詩人である。同時代のスーフィー・イブン・アル=アラビーと並ぶ、イスラーム神学、スーフィズムの重要な人物の一人と見なされている[1]。「沈黙」を意味する「ハムーシュ」を雅号とし[2]、ルーミーの父バハーウッディーンをはじめとする人々は、「識者」を意味する「ホダーヴァンデガール」と彼を呼んだ[3]。
ルーミーの思想の一つに、旋回舞踏によって「神の中への消滅」という死に似た状態に陥る神秘体験の実行が挙げられる[4]。
>名前の語源[編集]
イランではアラビア語で「我らの師」を意味するマウラーナー مولانا mawlānā のペルシア語形であるモウラーナー/メウラーナー mowlānā 、同じく「我が師」モウラヴィー mowlāvī で呼ばれ[2]、トルコでもトルコ語形であるメヴラーナー mevlânâ と呼ばれる。アナトリア(ルーム地方)で主に活躍したため、単に「ルーミー」とも呼ばれる[2][5]。ルーミーとはローマの人のことで、後年に住んだアナトリアが以前東ローマ帝国(アラビア語ではルーム)の領土だったことによる。イラン、アフガニスタン、中央アジアでは「ルーミー」ではなく、彼の生誕地と考えられているバルフに由来する「バルヒー(Balkhī、ペルシア語: جلال‌الدین محمد بلخى‎‎)」の名前で呼ばれることが多い[6]。
引用元:ジャラール・ウッディーン・ルーミー – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%BC

メヴレヴィー教団(-きょうだん トルコ語Mevlevilik)とはイスラム教のイスラム神秘主義(スーフィズム)の教団の一つ。13世紀にジャラール・ウッディーン・ルーミー(1207年 – 1273年)によって開基された。
>メヴレヴィー教団は日本語では旋舞教団といわれ、スカートをはいた信者が音楽にあわせて、くるくると回転をし踊るという宗教行為で知られる。これは祈りの手段であり、回転は宇宙の運行を表し、回転することで、神との一体を図るというものである。

教団の中心地はルーミー最期の地であるトルコのコンヤであり、墓廟がある。
引用元:メヴレヴィー教団 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%B4%E3%83%AC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E6%95%99%E5%9B%A3