「フフホト」内モンゴル自治区の都市 阿勒坦汗(アルタン・ハン)

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モンゴル語で「青い城」という
意味がある、中国の内モンゴル
自治区の首都にあたる都市は?
フフトホ
フフホト(答)

フフホト市(フフホトし、中国語:呼和浩特市、モンゴル語:Kökeqota.svg、英語:Hohhot)は、16世紀にアルタン・ハーンによって築かれた南モンゴルの古都フフホトと、近隣の4つの県、1つの旗(ホショー)によって構成された中華人民共和国の地級市のひとつであり、内モンゴル自治区の省都、直轄市(シュード・ハリヤ・ホト、siγd qariya qota)。都市の名は、モンゴル語で「青い城」を意味し、古都の部分は同市の市区として位置づけられている。面積17,410平方キロメートル、人口227.4万人(2009年)。
現在の人口のほとんどは漢民族であり、チベット仏教の寺院のほかは、モンゴル特有と思われる要素はあまりない。
>1565年にモンゴルのトメト部長アルタン・ハーンによって、主にトメト部の支配地域に流入した漢人の定住民を居住させる町として建設された中国式の城郭都市バイシン(大板升)がフフホトの起源となっている
引用元:フフホト市 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%95%E3%83%9B%E3%83%88%E5%B8%82

内モンゴル自治区の区都であるフホホトは、長い歴史を持つ塞外の古城です。モンゴル語の「フホホト」が青い都市を意味していることに因み、「青城」と呼ばれています。また、歴史上、召廟(モンゴル族ラマ教の寺院)が多くあることで、「召城」とも言われています。西暦前306年、趙武霊王は、陰山の麓に万里の長城を修築し、雲中郡(古代の行政区域)を設立しました。その旧跡は現在のフホホト市西南托克托県の古城コンミューンの所在地にあります。
>明隆慶六年(西暦1572年)、モンゴル土黙部領主である阿勒坦汗は、豊州辺りを中心とした遊牧活動を開始しました。間もなく、彼はモンゴル各地やゴビ砂漠の南部を統一しました。万歴九年(西暦1581年)、阿勒坦汗は、妻の三娘子と力を合わせて城を建て始めました。壁が青色のレンガで造られ、遠くから見ると、目に入るのは一面の青です。それ故に、「青城」と名付けられました。明の政府は「帰化」の名を賜りました。城が出来上がり間もなく、阿勒坦汗は世を去り、妻の三娘子はこの城の支配者になりました。彼女が明政府と仲良く付き合うことを主張したお陰で、モンゴル族と漢族は30年間戦争もなく平和に過ごしていました。万里の長城沿いの人たちは、この草原の女性ヒーローを記念するために、城を「三娘子城」と呼んだこともあります。
>現在、フホホトはモンゴル族を自治民族とし、漢族、満族、回族、朝鮮族など36民族が集まって住んでいる塞外の名城となります。内モンゴル自治区の中で、最も発達している都市の一つです。
引用元:フフホトの歴史 http://www.arachina.com/hohhot/history.htm

アルタンハン【阿勒坦汗・俺答汗】

(1507~1582) モンゴル,タタール(韃靼(だつたん))部の長。ダヤン=ハンの孫。陰山付近を本拠に明の北辺を脅かし,オイラート部を破り,青海地方も占領した。チベット仏教を信奉。 〔「阿勒坦汗」 「俺答汗」とも書く〕
引用元:阿勒坦汗・俺答汗(アルタンハン)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%98%BF%E5%8B%92%E5%9D%A6%E6%B1%97%E3%83%BB%E4%BF%BA%E7%AD%94%E6%B1%97-199872

アルタン・ハン
あるたんはん
Altan Khan
(1507―1582)

中国、明(みん)代、内(うち)モンゴルのトゥメト部長。俺答汗、阿勒坦汗とも書く。西北モンゴリア、青海方面を征伐して勢力を伸ばし、モンゴル最強のハンとなった。1570年明と和して、順義王の号を受け、また1575年居城フフホト(内モンゴル自治区)に対して明から帰化城の号を受けた。このころからチベット仏教(ラマ教)を信ずるようになり、1577年青海湖の近くに寺院を建立し、明から仰華寺の号を受けた。翌1578年ここに黄帽(こうぼう)派チベット仏教の教主ダライ・ラマ3世を招いてその信徒となった。なお、このときハンはダライ・ラマという称号を献じたが、これがダライ・ラマ号の始まりである。[若松 寛]
『青木富太郎著『万里の長城』(1972・近藤出版社)』
引用元:アルタン・ハン(あるたんはん)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%B3-1265643

内モンゴル自治区(うちモンゴルじちく、中国語:内蒙古自治区、拼音:Nèi Měnggǔ Zìzhìqū、英語:Inner Mongolia)は、中華人民共和国が1947年にモンゴルの南部に設置した省級の自治体。中国領土の北沿に位置する自治区。内蒙古自治区(うちもうこじちく)とも。モンゴル語での名称は日本語に直訳すると「南モンゴル自治区」となる。
引用元:内モンゴル自治区 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%AB%E8%87%AA%E6%B2%BB%E5%8C%BA