「第三世界」 フランツ・ファノンが影響を与える アルフレッド・ソービーが用いる 東西両陣営に属さない国

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フランツ・ファノンの造語
1960年代に生まれた言葉
ユーゴスラビア
冷戦期に東西両陣営に属さない国
鉄のカーテン
第三世界(答)
ドミノ理論
ジェノサイド

ウェブで調べた限りでは、フランツ・ファノンが第三世界の民族運動に影響を与え、アルフレッド・ソービーが「第三世界」という言葉を用いたようです。


ウィンストン・チャーチル
講演の中で使った言葉
ステッティンからトリエステまで
ヨーロッパの旧共産圏を指す言葉
鉄のカーテン(答)

連想
アメリカのベトナム戦争介入
1954年に生まれた言葉
アイゼンハワー大統領が提唱
一国の共産主義が近隣に影響
ドミノ理論(答)

第三世界【だいさんせかい】

アジア,アフリカ,ラテン・アメリカの旧植民地・従属諸国,いわゆる発展途上国群をさす言葉。フランスのA.ソービーが初めて用いた。第2次大戦後,民族主義の高揚のもとに逐次独立を達成し,とくに1970年代以降は国際社会における発言力を強化したが,依然として南北間の格差(南北問題),石油その他第三世界内での資源力の格差など,問題点は数多く残されている。
引用元:第三世界(だいさんせかい)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E4%B8%96%E7%95%8C-91183

第三世界(だいさんせかい、英: Third World、仏: Tiers monde)は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの発展途上国の総称。
>冷戦期に東西両陣営いずれにも属さなかった国々を、フランス革命時の第三身分(貴族、聖職者に対する平民)になぞらえてこう呼ぶようになった。主にアジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの発展途上国を表すものである。ヨーロッパでは、米ソに中立的なユーゴスラビアが第三世界の国といわれたこともある。
フランスの人口学者であるアルフレッド・ソヴィーが1952年に第三世界について記述したのが始まりだと考えられている。
第三世界という概念を前提にして、第一世界と第二世界という考えが生まれた。
引用元:第三世界 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E4%B8%96%E7%95%8C

フランツ・オマー・ファノン (Frantz Omar Fanon、1925年7月20日 – 1961年12月6日) は、植民地主義を批判し、アルジェリア独立運動で指導的役割を果たした思想家・精神科医・革命家。ポストコロニアル理論の先駆者としても認識されている。
>1945年、ファノンは短期間マルティニークに戻り、師であり友であるエメ・セゼールの手伝いをした。セゼールはフランス第四共和政においてフランス共産党から議員に立候補していた。ファノンはバカロレアを得るとフランスに渡り、医学と精神医学(精神分析など)を学んだ。リヨン大学で文学や演劇、哲学等も学び、モーリス・メルロー=ポンティの講義を受けることもあった。1951年に精神科医の資格を得ると、カタラン人医師フランソワ・トスケルの元で研修医となった。これはファノンが文化を精神病理学的に見ることに影響を与えた。フランスで臨床医を続ける傍ら、1952年研究論文として『黒い皮膚・白い仮面』を発表する。1953年にアルジェリアに渡りブリダ=ジョアンヴィル精神病院で医療主任となり1956年まで続けた。
任地のアルジェリアでアルジェリア人独立運動家の捕虜を診療する内にフランスの植民地支配へ反対を始め、アルジェリア民族解放戦線(FLN)に参加、アルジェリア戦争を戦い、FLNのスポークスマンとして脱植民地化(ポストコロニアル)時代のアフリカ植民地を周り、アフリカの独立指導者達からアルジェリア独立への支持を取り付けた。1962年のアルジェリア独立を目前にした1961年、白血病により、アメリカ合衆国のワシントンD.C.近郊で死去した。
引用元:フランツ・ファノン – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8E%E3%83%B3

ファノン
ふぁのん
Frantz Fanon
(1925―1961)

フランス領西インド諸島のマルティニーク島出身の黒人精神科医、思想家。フランスで精神医学を修め医師となるが、白人社会における黒人の矛盾に満ちた立場を分析した『黒い皮膚、白い仮面』(1952)で世に出た。ついでアルジェリアの病院に勤務したが、アルジェリア独立運動に共鳴して1956年病院を辞しアルジェリア民族解放戦線(FLN)に参加し、その指導的理論家となった。アルジェリア独立をみることなく1961年病気療養先のアメリカで客死するが、その著作とくに『地に呪(のろ)われたる者』(1961)は単に植民地体制を暴力そのものであると告発した反植民地主義の理論の書であるばかりでなく、ヨーロッパ文明に対する根源的批判の書として第三世界の民族運動やアメリカの黒人解放運動に大きな影響を与えた。[平瀬徹也]
引用元:ファノン(ファノン)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8E%E3%83%B3-615200

Alfred Sauvy (31 October 1898 – 30 October 1990) was a demographer, anthropologist and historian of the French economy. Sauvy coined the term Third World (“Tiers Monde”) in reference to countries that were unaligned with either the Communist Soviet bloc or the Capitalist NATO bloc during the Cold War.[1][2] In an article published in the French magazine, L’Observateur on August 14, 1952, Sauvy said:

“…car enfin, ce Tiers Monde ignoré, exploité, méprisé comme le Tiers Etat, veut lui aussi, être quelque chose”
“…because at the end this ignored, exploited, scorned Third World like the Third Estate, wants to become something too”.
In using the expression Third World here he was paraphrasing Sieyès’s famous sentence about the Third Estate during the French Revolution.
引用元:Alfred Sauvy – Wikipedia, the free encyclopedia https://en.wikipedia.org/wiki/Alfred_Sauvy

【第三世界】より

…1950年代初めに,フランスの人口学者ソービーAlfred Sauvyは,当時インドシナで激化していた民族解放戦争を〈第三世界Le Tiers Mondeの台頭〉と評した。これはフランス大革命が,第三身分le tiers étatの台頭であったことになぞらえたものだった。…
引用元:ソービー,A.(そーびー)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%BC,A.-1356899