「丸谷金保」まるたにかねやす 「十勝ワイン」を開発した元池田町町長 「一村一品」の先駆け

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1957年に北海道池田町長に当選
すると、住民と共に十勝ワイン
を開発し、「一村一品運動」の
先駆けとなった政治家は?
保金谷丸
丸谷金保(答)
まるたにかねやす

丸谷 金保(まるたに かねやす、1919年6月25日 – 2014年6月3日[1])は、日本の政治家。
北海道中川郡池田町町長、参議院議員(2期)などを歴任した。コンビニエンスストアチェーン・セイコーマート社長の丸谷智保は長男。
>丸谷金保の池田町長としての最大の業績は、十勝ワインを開発したことである。生産・加工から販売まですべて地域住民と自治体が主体となって手がけ、外部資本の介入を許さない姿勢を貫いた。十勝ワインの開発への町をあげての取り組みは、今日では一村一品運動の元祖とみなされている。
甘く加工したワインが出回っていた当時の日本にあって本格的な辛口ワインである十勝ワインは1960年代までは「こんな酸っぱい酒が飲めるか」「税金で、まずい酒作ってどうする」等と非難されたが、1970年代に入って日本の食卓でも洋食が一般的になると高く評価されるようになり、売り上げも伸びた。この頃、東京にも十勝ワインと牛肉のレストランを開設し話題を呼んだ。この業績により、丸谷は「ワイン町長」の愛称で親しまれるようになった。
引用元:丸谷金保 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B8%E8%B0%B7%E9%87%91%E4%BF%9D

 ワインの試験製造免許を取得した1963年、海外研修の第1号として大石和也(故人、元池田町長)を西ドイツに1年半、滞在させた。同国を訪れた当時の道知事町村金五はこの海外研修に驚いたという。丸谷は「道ですら職員の海外研修はなかった」と、先駆的な取り組みだったことを強調した。
>河口は「丸谷さん、大石さんの狙いは、通常の地域おこしにどどまらなかった。東京を意識し、中央での評価をいかに高めるかに目を注いでいた」と当時の状況を語る。
>丸谷は言った。「ブドウにしろ、町営レストランにしろ、うまくいったのはやり通す意志がみんなにあったから。首長の仕事は国の補助金の獲得ではなく、地域の中からよいものを引き出すことだ」(毎日グラフ1972年10月29日号)。地方分権が進む中で、丸谷のメッセージは少しも色あせていない。(平野明)
引用元:【追悼丸谷金保~94年の軌跡】(2)農村振興 ワインに挑む|WEB TOKACHI-十勝毎日新聞 http://www.tokachi.co.jp/feature/201406/20140624-0018673.php

十勝ワインの誕生

昭和20年代後半、十勝地方は次々と自然災害に見舞われました。昭和27年の第1次十勝沖地震が池田町を襲い、追い討ちをかけるように翌年からの2年連続の冷害による凶作となりました。この苦境からどう脱却するのかという中から、「ブドウ栽培」と「ワイン製造」への道が生まれたのです。

当時の町長(丸谷金保氏)の発案で、「秋には山野には山ブドウがたわわに実る。冬の厳しい池田でもブドウ栽培が出来るはず。農業所得のアップにつながり、町内に多い未利用の傾斜地も活用できる。」まずは、町内の農村青年によって昭和35年にブドウ愛好会が結成され、ゼロからのブドウ栽培といった壮大な挑戦が始まりました。昭和38年には果実酒類試験製造免許を取得し、国内では最初の自治体経営によるワイン醸造を手がけ始めました。
引用元:十勝ワインの誕生/TOKACHI WINE Since 1963 池田町ブドウ・ブドウ酒研究所 http://www.tokachi-wine.com/about/tanjo/