日本初の女性博士 理学博士「保井コノ」農学博士「辻村みちよ」理学博士「鈴木ひでる」医学博士「宮川庚子」

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1927年に、石炭に関する論文で
日本初の女性理学博士となった
植物学者は?
ノ井キ保田
マリ安コ松
→保井コノ

保井 コノ(やすい コノ、1880年2月16日 [1]- 1971年3月24日)は日本の植物学者。日本女性初の理学博士。学位論文は「日本産石炭の構造の研究」。元お茶の水女子大学教授。
引用元: 保井コノ – Wikipedia

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次の博士号と、日本人女性として
初めてそれを取得した人物の
正しい組み合わせを選びなさい
理学博士───保井コノ やすいこの
農学博士───辻村みちよ つじむらみちよ
薬学博士───鈴木ひでる すずきひでる
医学博士───宮川庚子 みやがわかのえこ

辻村みちよ 「農村」のイメージで農学博士
鈴木ひでる 化学者「鈴木梅太郎」のイメージで薬学博士
宮川庚子 医学者「利根川進」のイメージで医学博士

続いて辻村みちよは、カテキンを取り出すことに成功。さらにタンニンの結晶を取り出し、化学構造を明らかにしました。1932(昭和7)年には、これらの成果を論文『緑茶の化学成分について』にまとめ、研究室の教授の紹介で、東京帝国大学農学部に提出したのです。
論文審査会では、
「これは農学ではなく化学の研究ではないか。理学部で審査するべきではないか」
という声もあったそうですが、
「このような立派な研究に農学部から学位を授与するのは、農学部の名誉である。農学部の大いなる発展にも繋がる」
という意見が出て、満場一致での農学博士号授与となったそうです。わが国初の女性農学博士の誕生です。
引用元: 緑茶の栄養を発見した偉人、辻村みちよ|小野園コラム ちょっと一服話

鈴木ひでる すずき-ひでる
 
1888-1944 大正-昭和時代前期の化学者。
明治21年11月6日生まれ。母校日本女子大の助手となり長井長義に師事。大正7年薬剤師試験に合格。昭和4年同女子大教授。7年から東京帝大薬学科で研究。12年日本初の女性薬学博士となる。昭和19年12月27日死去。57歳。愛知県出身。
引用元: 鈴木ひでる とは – コトバンク

Q:日本初の女性医学博士になったのは
  誰ですか?
A:宮川庚子(みやがわ かのえこ)で、本学の前身である東京女子医学専門学校を1922(大正10)年に卒業した人です。
1931年1月に、学位論文「邦人聴器形態学的研究」が東京帝国大学の審査を通過しました。ちなみに、日本で女性として初めて博士号を取得したのは、保井コノで、1927(昭和2)年に理学博士の学位を得ました。
引用元: 大学史料室・吉岡彌生記念室Q&A