【植物属バンクシア】

クックの航海に同行して世界各地
の植物を採取し、キューガーデン
の基礎を築いたイギリスの
植物学者はジョセフ・◯◯◯◯?
スエンーリ
ブオバクロ
バンクス(答)
20%

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博物学者のジョゼフ・バンクスが
初めて発見した5頭を含め、現在
までに8頭しか発見されていない
幻の蝶は◯◯◯◯◯◯◯チョウ
ンポテンンキモ
ポンテンモンキ(答)
「ポンテンモンキチョウ」
引用元:アサギマダラ「浅葱色」の蝶「ポンテンモンキ」チョウ「世界に8頭の希少な蝶」 「ブータンシボリ」アゲハ「ヒマラヤの貴婦人」ブータンの国蝶 「ゼフィルス」ミドリシジミ類の呼称 「夢見鳥」蝶のこと『荘子・胡蝶の夢』から | 【QMA復習】 https://seethefun.net/%E6%96%87%E7%B3%BB%E5%AD%A6%E5%95%8F/8797/

初代准男爵、サー・ジョゼフ・バンクス(Sir Joseph Banks, 1st Baronet, GCB, FRS(1743年2月2日 − 1820年6月19日)は、イギリスの博物学者、植物学者、プラントハンター、準男爵、王立協会会長。科学の擁護者としても知られ、自然史の父とも言うべき存在でもある。ジェームズ・クックの第一回航海(1768 – 1771年)に同行し、南太平洋地域に関する多くの博物学的知見を西欧にもたらす。航海で収集された膨大な新種のうち、75種の命名にバンクスの名が遺る。ユーカリ、アカシア、ミモザ[要曖昧さ回避]を西欧にはじめて紹介した。植物属バンクシアも、彼の名に因んでいる。

1967年から発行されていた5オーストラリア・ドル紙幣の表面に肖像が使用されていた。オーストラリアにメリノ種の牧羊が定着するよう、バンクスは生涯をかけて飼育指導にあたった。キューガーデンは動物も研究したのである。

地名[編集]
ニュージーランド南島のバンクス半島、ヴァヌアツのバンクス諸島、カナダ・ノースウエスト準州のバンクス島、オーストラリアではキャンベラ郊外のバンクス、シドニー郊外バンクスタウンが、彼の名前に因んで命名された地名である。
引用元:ジョゼフ・バンクス – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9

I. はじめに – バンクス植物図譜(Banks’ Florilegium)について
 Sir Joseph Banks(ジョセフ・バンクス卿)の名は、日本ではほとんど知られていないといってよいであろう。バンクスは18世紀の英国に生き、自然誌(Natural History)の基礎を築き上げた巨人ともいうべき人である。あとで述べるように、バンクスは1768年から約3年間にわたるキャプテン・クックの第1回世界探検航海に、科学班の責任者として同行したが、多数の植物標本を収集し、また写生画を作成して英国に持ち帰った。バンクスはこれらの成果を出版するべく、帰国後ただちに1万ポンドの費用を準備し、ロンドンのソーホー地区にある自宅で、植物画の完成と、その彫版(銅版)に着手した。バンクスに同行した画家の一人であるシドニー・パーキンソン(Sydney Parkinson, 1745-71)は航海中に病死したが、はじめに訪れたマディラから南アメリカ南端のフェゴ島・南太平洋のフレンドリー諸島までの植物画はほとんど完成し、その後、ソシエテ諸島以降は採集植物の数がおびただしいたためスケッチしか残せなかった。バンクスは帰国後、フレデリック・ポリドア・ノッダー(Frederic Polydore Nodder)、ジョン・クリーブリー(John Cleveley)、ヨハン・フレデリック・ミラー(Johan Frederic Miller)とその弟のジェームズ・ミラー(James Miller)、トーマス・バージス(Thomas Burgis)等に依頼して、パーキンソンのスケッチ画をもとに彼のメモや持ち帰った標本を参考に植物画を描き直させた。1777年にはパーキンソン自身の完成画も含めた483点が仕上がり、その後さらに作業がすすめられて全部で753点が完成した。
引用元:ジョセフ・バンクス卿の生涯:国際基督教大学図書館 https://www-lib.icu.ac.jp/Tenji/200604Banks/BanksOpenLecture.htm