くわきあやお桑木彧雄

アインシュタインの相対性理論
を日本に広めた昭和の物理学者
桑木彧雄
くわきあやお(答)
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桑木彧雄
くわきあやお

[生]1878.9.9. 東京
[没]1945.5.16.
理論物理学者,科学史家。大正・昭和期に科学思想の分野で活躍。長兄桑木厳翼はカント哲学者。 1899年東京帝国大学理科大学物理学科卒業。 1906年論文「絶対運動論」を発表。 1907年明治専門学校 (現九州工業大学) 教授。同年ヨーロッパに留学し,日本人として初めて A.アインシュタインをベルンに訪ねた。 1914年新設の九州帝国大学工学部教授。相対論・量子論の紹介をはじめ,科学の歴史と哲学の草創的研究として,『絶対と相対』『アインスタイン伝』『科学史考』などを発表した。また帝国学士院の日本科学史編纂では物理学・天文学部門を担当,九州の三浦梅園,帆足万里の業績を発掘,その資料は九州大学に桑木文庫として残る。 1941年初代の日本科学史学会会長。
引用元:桑木彧雄(くわきあやお)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%A1%91%E6%9C%A8%E5%BD%A7%E9%9B%84-165999


画数:10
音読み:イク
訓読み:あや
ピンイン:yu4
引用元:彧の書き方や読み方 Weblio辞書 https://www.weblio.jp/content/%E5%BD%A7

白水社 中国語辞典
白水社白水社

ピンインyù

((文語文[昔の書き言葉])) 色どりが鮮やかである,文章に精彩がある.
引用元:彧の意味 – 中国語辞書 – Weblio日中中日辞典 https://cjjc.weblio.jp/content/%E5%BD%A7

荀彧[1](じゅん いく、163年(延熹6年) – 212年(建安17年))は、中国後漢末期の政治家。字は文若(ぶんじゃく)。豫州潁川郡潁陰県(現在の河南省許昌市)の人。『三国志』魏志「荀彧荀攸賈詡伝」、及び『後漢書』「鄭孔荀列伝」に伝がある。

若いことから才名をうたわれ「王佐の才」とも称揚され、後漢末の動乱期においては、後漢朝の実権を握った曹操の下で数々の献策を行い、その覇業を補佐した。しかし、曹操の魏公就任に反対した事で曹操と対立し、晩年は不遇だった。
引用元:荀イク – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%80%E3%82%A4%E3%82%AF