「アレルギー」クレメンス・フォン・「ピルケ」  「アトピー」コカ 「アナフィラキシー」リシェ

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次の医学用語と、その命名者の
正しい組み合わせを選びなさい
アレルギー───ピルケ
アトピー───コカ
アナフィラキシー───リシェ

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「アレルギー」という医学用語を
命名したオーストリアの医学者は
クレメンス・フォン・◯◯◯?
◯を答えなさい
→ピルケ
Clemens von Pirquet

シャルル・ロベール・リシェ(Charles Robert Richet、1850年8月26日-1935年12月4日)はフランスの生理学者。1913年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。アレルギー研究の父でもある。
>次に、1900年ごろ、熱帯のクラゲ毒の研究を始める。毒の成分は分からなかったが、実験を繰り返すうち、致死量に至らない毒を注射した犬に、1カ月後、再度、同じ量を注射すると急激な生理反応が起こり、死に至ることを発見した。この反応は偶然ではなく、何度繰り返しても再現できた。1902年には「無防備」という意味のギリシャ語にちなむ「アナフィラキシー」(anaphylaxis) という造語を作る。アナフィラキー・ショックは現代においても、ハチに複数回刺された場合などに見られる危険な反応である。
>心霊現象の研究でも知られ、1905年には心霊現象研究協会(SPR)の会長もつとめている。1893年には話題になっていたイタリア人霊媒エウサビア・パラディーノを調査する過程で、エーテル体を物質化または視覚化する半物質を発見し、[ギリシア語のecto(外の)とplasm(物質)を組み合わせて「エクトプラズム」という新語をつくりだしたことでも知られている。[1]
引用元: シャルル・ロベール・リシェ – Wikipedia.

ピルケ
Pirquet, Clemens von
[生]1874.5.12. ウィーン郊外
[没]1929.2.28. ウィーン
オーストリアの小児科医。ウィーン大学教授 (1911~29) 。グラーツにあるカール・フランツ大学で,ハンガリーの B.シックを知り,1905年に治療血清によって起る血清病を記載した。免疫と過敏症という2つの現象をまとめて,ピルケとシックは,06年にアレルギーという新しい言葉を提唱した。
引用元: ピルケとは – コトバンク.

アレルギー。いまや,その言葉を知らない人のほうが少ないのではないでしょうか。もともとAllergy(アレルギー)という言葉は,オーストリアの小児科医クレメンス・フォン・ピルケが1906年に発表した論文中に提唱した,allos(異なる)とergeia(反応)の二つのギリシア語から創られた造語です。はじめはこの新しい言葉の意味するところが難しく,受け入れられるのにはかなりの時間がかかったそうですが,現在ではアレルギーの意味は一般の人々を含めて広く理解されています。
引用元: 医学書院/週刊医学界新聞(第2829号 2009年05月11日).

語源はギリシア語のatopos(奇妙な)で,奇妙な病気strange diseaseの意味。1923年コカArthur F.Cocaが,枯草熱(花粉症),気管支喘息(ぜんそく)を中心とする遺伝傾向が強い一群のアレルギー性疾患を包括する疾患概念として提唱したものである。25年にはコカ自身によって,アトピー罹患患者の血清中に,皮膚反応によって証明される抗体様物質が高率に存在することが明らかにされ,コカはこの物質をアトピー性レアギンatopic reaginと名づけた。
引用元: Coca,A.F.とは – コトバンク.

アトピーとは
アトピー性皮膚炎は痒みを伴う皮膚炎です アトピーという言葉は、「奇妙な」という意味のギリシャ語atopiaに由来しています。1923年にCoca(コカ)とCooke(クッケ)という人物が、本人の家族や親戚などに出てくるこの奇妙な反応を、アトピーと名づけました。そこで、痒みのある湿疹が悪くなったり、良くなったりする病気で、家族に同じような症状がある病気を、「アトピー性皮膚炎」と呼ぶようになりました。簡単に「アトピー」と呼んでいることもあります。
引用元: アトピー性皮膚炎の基礎知識 [アトピー性皮膚炎] All About.