本橋みと


1852年に日本で初めての
帝王切開手術をされた女性
もとはしみと(答)
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帝王切開(ていおうせっかい、英: caesarean section、米: cesarean section、独: Kaiserschnitt)は、子宮切開によって胎児を取り出す手術方法である。医療関係者では略して「帝切」または「カイザー」「C-section」などと呼ばれることもある。

日本で最初の帝王切開は幕末期、現在の埼玉県飯能市で実施された[5]。江戸時代末期の嘉永4年(1852年)に、飯能在住の医者だった岡部均平と埼玉県秩父市の医者だった伊古田純道により行われた。胎児は死亡したが、母体(みと)は助かり88歳まで生存した。
引用元:帝王切開 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%9D%E7%8E%8B%E5%88%87%E9%96%8B

伊古田純道
没年:明治19.9.4(1886)
生年:享和2.10.17(1802.11.12)
幕末維新期の医者。日本で最初の帝王切開施術者。幼名は富次郎,名は寧,字は致遠,諱は重満,通称は純道,号は楢陵,白茅樵舎主人。治太夫重満の長男。武蔵国秩父郡(埼玉県)伊古田村生まれ。足立長雋門下の西洋産科医小室元貞に入門。江戸遊学後帰郷し,武蔵大宮(秩父市)で開業。嘉永5年4月25日(1852.6.12),同門で甥の岡部均平の要請で,現飯能市坂元の本橋みとを往診,岡部を助手に左手足・臍帯脱出の死児を帝王切開で出し,母体を救った。メモ『子宮截開術実記』に,西洋医術の成果に対する感動と確信を記している。昭和62(1987)年6月12日,本橋家地内に「本邦帝王切開術発祥之地」の記念碑が建てられた。< 参考文献>石原力『西洋産婦人科翻訳書集成』2巻
(石原力)
引用元:伊古田純道(いこた じゅんどう)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E4%BC%8A%E5%8F%A4%E7%94%B0%E7%B4%94%E9%81%93-1052772