アレクサンダー・フレミング


抗生物質の
ペニシリンを発見した
生物学者は?
フレミング(答)
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コッホ
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サー・アレクサンダー・フレミング(Sir Alexander Fleming, 1881年8月6日 – 1955年3月11日)はイギリスの細菌学者である。抗菌物質リゾチーム(lysozyme)と、アオカビ(Penicillium notatum)から見出した世界初の抗生物質、ペニシリンの発見者として知られている。
クライズデール銀行が発行する5ポンド紙幣に肖像が使用されている。

フレミングはリゾチームとペニシリンという、抗菌性を有する2つの物質をいずれも1920年代に発見したが、どちらも全くの偶然から見出した発見(セレンディピティ)であると伝えられている。リゾチームは動物の唾液や卵白などに含まれている殺菌作用を持つ酵素であるが、これは細菌を塗抹したペトリ皿に、フレミングがクシャミをしたことで発見された。数日後、クシャミの粘液が落ちた場所の細菌のコロニーが破壊されているのを発見したことが、彼の実験ノートに書きとめられている。1921年、リゾチームの発見である。なお、リゾチームには感染症を治癒させる力はなかったが、現在では食品添加物や医薬品として用いられている。
世界最初の抗生物質として有名なペニシリンもまた偶然から見つかった。フレミングの実験室はいつも雑然としていて、その事が彼の発見のきっかけになったようである。それは1928年に、彼が実験室に散乱していた片手間の実験結果を整理していた時のことである。廃棄する前に培地を観察した彼は、黄色ブドウ球菌が一面に生えた培地にコンタミネーションしているカビのコロニーに気付いた。ペトリ皿上の細菌のコロニーがカビの周囲だけが透明で、細菌の生育が阻止されていることを見つけ出した。このことにヒントを得て、彼はアオカビを液体培地に培養し、その培養液をろ過したろ液に、この抗菌物質が含まれていることを見出し、アオカビの属名であるPenicilliumにちなんで、”ペニシリン”と名付けた。フレミングはこの新発見の重要性を認識し、1929年6月号のBritish Journal of Experimental Pathology誌でペニシリンに関する報文を発表した。
引用元:アレクサンダー・フレミング – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0

ペニシリン
「有名なアオカビの話だけでは生まれてこなかった世界初の抗生物質」

 1928年、夏季休暇から戻った英国の医師A. フレミングは、黄色ブドウ球菌が培養されたシャーレを見て驚きます。どこからか混入したアオカビの周囲にあるべき黄色ブドウ球菌のコロニーがことごとく溶けていたからです。顕微鏡で見ると「ほうき」の形をしていることから、ラテン語で「ほうき」を意味するペニシルスにちなんでペニシリウムという名を持つこのカビを培養すると、その培養液には強力な抗菌作用物質が生成されることをフレミングは発見し、まだ正体が見えない、この物質を「ペニシリン」と名づけました。この話は、物事を観察する際の洞察力について説く際にしばしば引用される有名な話ですが、実は、その翌年、フレミングは、この世界初の抗生物質「ペニシリン」の研究を辞めてしまっています。培養液に含まれているはずの有効成分が不安定で、どうしても抽出できなかったからです。

 「ペニシリン」の研究が再開したのは、フレミングの発見から 10 年後のこと。それは、ナチスの台頭により英国に移住したドイツ系ユダヤ人の生化学者 E. チェーンと、オックスフォード大学病理学研究所長 H. フローリーとの出会いに始まります。1938 年は、ナチス・ドイツがオーストリアに侵攻した年で、欧州全土に大きな暗雲が立ち込めていました。十分な研究費も無い状況で、1940 年、彼らはペニシリンの粉末を得ることに成功しました。N.ヒートリーという天才的な化学者の功績です。その抗菌活性はとても強力で、しかも様々な小動物に投与しても安全性上問題はありませんでした。また、当時、人類を苦しめていた肺炎、しょう紅熱、ジフテリアなどの原因菌に対しても有効であることがシャーレの上で確かめられたのです。

>そして、1942年、流産による産じゅく熱で入院していたコネチカット州の女性に投与されました。何をしても下がらなかった熱が 24 時間後には下がり、ついには完治するに至りました。前年の 12 月に日本軍が起こした真珠湾攻撃により米国も第二次世界大戦に参戦したばかりの頃の話です。その後、終戦の 1945 年までの間、ペニシリンは何百万人もの負傷兵の命を救いました。そして、1945 年のノーベル医学生理学賞は、フレミング、フローリー、チェーンの 3 名に贈呈されました。
引用元:創薬と治験|公益社団法人日本薬学会 http://www.pharm.or.jp/souyaku/peni.shtml

抗生物質(こうせいぶっしつ、英語: antibiotics)とは、微生物が産生し、ほかの微生物など生体細胞の増殖や機能を阻害する物質の総称[1]。一般に抗菌薬(antibacterial drugs)と同義であるが、広義には抗ウイルス剤や抗真菌剤、抗がん剤も含む。
アレクサンダー・フレミングが1928年にアオカビから見付けたペニシリンが世界初の抗生物質である。ペニシリンの発見から実用化までの間には10年もの歳月を要したものの、いったん実用化されたのちはストレプトマイシンなどの抗生物質を用いた抗菌薬が次々と開発され、人類の医療に革命をもたらした。ペニシリンの開発は20世紀でもっとも偉大な発見のひとつと呼ばれることがあるのも、このことによる[2]。
1990年頃には、天然由来の抗生物質は5,000〜6,000種類があると言われ、約70種類(微量成分を含めると約100種類)が実用に使われている。この他にも半合成抗生物質も80種が利用されている[1]。
引用元:抗生物質 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%97%E7%94%9F%E7%89%A9%E8%B3%AA