槇山次郎「ナウマンゾウ」命名


1921年に浜名湖の近くで
発見されたゾウの化石に
「ナウマンゾウ」と名付けた
当時の京都帝国大学助教授は?
槇三原次郎
助太口埼山
槇山次郎(答)
まきやまじろう
21%


アジアゾウとアフリカゾウ。
脚のひづめの数が多いのは
アジアゾウである
◯(答)

槇山 次郎(まきやま じろう、1896年10月16日 – 1986年12月5日)は、日本の古生物学者、地質学者、貝類学者。日本貝類学会名誉会長。日本古生物学会元会長、日本地質学会元会長。
ナウマンゾウを記載したことで知られる。

>1920年に同大卒業後、大学院に進学[4]。しかし同年、京都帝国大学に理学部地質学鉱物学教室が新設され、翌年の1921年から同教室の講師に就任した[4][3]。1923年には同大で助教授になった[2]。1924年には、浜名湖(静岡県)付近で発見された化石を、新種(発表当時は新亜種)のゾウとして記載を行い、和名をナウマンゾウとした。
引用元:槇山次郎 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%87%E5%B1%B1%E6%AC%A1%E9%83%8E

ナウマンゾウ
なうまんぞう
Naumann’s elephant
[学]Palaeoloxodon naumanni (MAKIYAMA)

日本の代表的な化石ゾウ。骨や歯の化石は広く分布しており、北海道から九州、沖縄の各地で出土していて、陸上ばかりでなく、瀬戸内海、日本海南部や東海地方沿岸の海底からも産出が知られている。また、東シナ海、黄海(こうかい)、台湾海峡の海底、さらに台湾や中国北・中部の陸域からも発見が報告されている。
 日本では、古くから瀬戸内海の海底から骨や歯が漁網にかかって引き上げられていたが、中国伝来の本草学(ほんぞうがく)の知識から、それらは「竜骨」とよばれ、薬に用いられていた。そのような日本の竜骨のいくつかを、初めてゾウの化石として1882年(明治15)に記載したのは、明治初年に東京大学の教授に招聘(しょうへい)されたドイツの地質学者E・ナウマンであった。その後、1921年になって、浜名湖東岸の静岡県浜松市佐浜町で崖土を工事のため採掘中に、ほぼ1体分のゾウの化石骨が出土した。それらを研究した京都大学の槇山次郎(まきやまじろう)(1896―1986)は、臼歯(きゅうし)のついた下顎骨(かがくこつ)、2個の上顎臼歯と牙(きば)を模式標本(タイプ)として論文を発表した。そこでは、インドで化石ゾウとして知られていたナルバダゾウの亜種として扱い、ナウマンの功績を記念して亜種名として「ナウマンゾウ」の名前を与えたが、その後の研究で、ナウマンゾウはナルバダゾウの亜種ではなく、独立した種として扱われることとなった。種としてのナウマンゾウは、現生のエレファスゾウであるアフリカゾウのロクソドンタ属、アジアゾウのエレファス属や、マンモスゾウ(化石ゾウ)のマムーサス属とは異なり、パレオロクソドン属という別グループのゾウとして区別されている。[亀井節夫]
引用元:ナウマンゾウ(ナウマンゾウ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%BE%E3%82%A6-107508

アフリカゾウとアジアゾウの比較

富士サファリパークでは、アフリカゾウとアジアゾウを飼育しています。この2種類のゾウの違いをご紹介いたします。
どちらのゾウも、ゾウゾーンでご覧いただくことができますので、是非、実際に見て違いを確認してみてください。

>蹄(ひづめ)

アフリカゾウ前あし4つ、後あし3つ


アジアゾウ前あし5つ、後あし4つ