【1918】スペイン風邪【1957】アジア風邪【1968】香港風邪【1977】ソ連風邪


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次のインフルエンザと
それが世界中で大流行した年の
正しい組み合わせを選びなさい
ソ連風邪───1977年
香港風邪───1968年
アジア風邪───1957年
スペイン風邪───1918年
45%

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WHOの世界インフルエンザ事前
対策計画における警戒レベルで
「世界的大流行」を示すのは
「フェーズ○」?◯を答えなさい

「フェーズ6」

スペインかぜは、1918年~19年にかけ、全世界的に流行した、インフルエンザのパンデミックである。感染者6億人、死者4,000~5,000万人。
>発生源は1918年3月、米国のデトロイトやサウスカロライナ州付近である[1]。その後同年6月頃、ブレスト、ボストン、シエラレオネなどでより毒性の強い感染爆発が始まった[1]。 アメリカ疾病予防管理センター(CDC) によれば、既に1915年にインフルエンザと肺炎による死亡率が米国で増加しているが、発生源は依然不明としている[2]。 新型インフルエンザ対策に関する検討小委員会ではカナダの鴨のウイルスがイリノイ州の豚に感染したとの推定が委員から説明されている[3] [4] [5]。
米国発であるにも関わらずスペインかぜと呼ぶのは、情報がスペイン発であったためである。当時は第一次世界大戦中で、世界で情報が検閲されていた中でスペインは中立国であり、大戦とは無関係だった[1]。
引用元: スペインかぜ – Wikipedia.

アジアかぜ(あじあかぜ)は、1956年に中国南西部で発生して翌年から世界的に流行したインフルエンザ。ウイルスはA型のH2N2亜型である。死者はスペインかぜの1/10以下であったが、抗生物質の普及以降としては重大級の流行であった[1]。
引用元: アジアかぜ – Wikipedia.

香港かぜはH3N2が引き起こしたカテゴリ2に価するパンデミックである。H3N2とH2N2の抗原不連続変異が新型ウィルスとして一連の流布を引き起こした。香港かぜでは1968年から翌年にかけて少なくともおおよそ50万人が亡くなったと考えられる。また、アメリカでも500万人の罹患者が出ており、33000人が亡くなった。
引用元: H3N2亜型 – Wikipedia.

ソ連風邪
発生と流行の広がり
1977年5月に中国北西部から始まり、12月までにシベリア、西部ロシアへ。
12月に日本、翌年6月までに米国、ヨーロッパ、オセアニア、南米まで流行が拡大しました。

ウイルスのタイプ
ウイルスのタイプはH1N1型でした。1950年代に流行したイタリアかぜと遺伝子的に同一で、23歳以上は抗体を有していました。

罹患者・死亡者
そのため、流行当初は小児と10代の若年層に限られていましたが、連続変異が起きるにつれて他の年齢層にも広がりました。
引用元:インフルエンザの流行と歴史|インフルエンザ情報サービス https://influ-info.jp/basic/history.html

パンデミック(英語: pandemic、世界流行[1])とは、ある感染症(特に伝染病)が、顕著な感染や死亡被害が著しい事態を想定した世界的な感染の流行を表す用語である[2][3][4]。
>ヒトからヒトにうつる伝染病の場合、最初に感染した患者が感染源となって別のヒトに伝染するため、しばしば規模が大きく、長期にわたる集団発生が起きる場合がある。このようなものを特に流行と呼ぶ。流行は、その規模に応じて(1)エンデミック、(2)エピデミック、(3)パンデミックに分類される[7][8]。このうち最も規模が大きいものがパンデミックである。
>エンデミック(地域流行)
地域的に狭い範囲に限定され、患者数も比較的少なく、拡大のスピードも比較的遅い状態。この段階ではまだ、いわゆる「流行」とは見なされないこともあり、風土病もエンデミックの一種に当たる。
エピデミック(流行)
感染範囲や患者数の規模が拡大(アウトブレイク)したもの。比較的広い(国内から数か国を含む)一定の範囲で、多くの患者が発生する。
パンデミック(汎発流行)
さらに流行の規模が大きくなり、複数の国や地域にわたって(=世界的、汎発的に)、さらに多くの患者が発生するもの。
引用元: パンデミック – Wikipedia.

フェーズ6(パンデミックフェーズ)は、フェーズ5に定義された基準に加え、WHOの異なる地域において少なくとも他の1つの国で市中レベルでのアウトブレイクがあることである。このフェーズが指定されることは、世界的なパンデミックが進行中であることを示すものとなるだろう。
引用元: 現在のWHOパンデミックフェーズ.