「今西錦司」棲み分け理論を提唱した文化人類学者 ルイス・「リーキー」ホモ・ハビリスを発見「西田利貞」日本人初のリーキー賞

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カゲロウの生態を観察して
「棲み分け理論」を提唱した
岐阜大学の学長などを務めた
文化人類学者は?
洋村今欣二
和野司西錦
今西錦司(答)
31%

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古代の化石人類のうち
1964年にタンザニアで
「ホモ・ハビリス」を発見した
のはルイス・◯◯◯◯?
キアブリム
ールボュデ
リーキー(答)
「ルイス・リーキー」

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チンパンジーの研究で有名
2008年に日本人初のリーキー賞
元・日本モンキーセンター所長
著書『人間性はどこから来たか』
西田利貞(答)
伊谷純一郎
今西錦司
河合雅雄

今西 錦司(いまにし きんじ、1902年1月6日[1] – 1992年6月15日[1])は、日本の生態学者、文化人類学者、登山家。京都大学名誉教授、岐阜大学名誉教授。日本の霊長類研究の創始者として知られる。理学博士(京都帝国大学、1939年)。京都府出身[1]。
今西の活動は登山家、探検隊としてのものと、生態学者としてのものがあり、彼の中では両者が不可分に結びついている[2]。探検家としては国内で多くの初登頂をなし、京都大学白頭山遠征隊の隊長などを務めた。生態学者としては初期のものとしては日本アルプスにおける森林帯の垂直分布、渓流の水生昆虫の生態の研究が有名である。後者は住み分け理論の直接の基礎となった。第二次大戦後は、京都大学理学部と人文科学研究所でニホンザル、チンパンジーなどの研究を進め、日本の霊長類学の礎を築いた。

>棲み分け理論[編集]
可児藤吉と共同でおこなったカゲロウの生態学的研究と植物相に関する生物地理学的な研究を通じ「棲み分け理論」を提唱した。1933年に、川の流速に対応して生活形が分離することが、川岸から流心にかけて種ごとに異なる分布を形成することを加茂川で発見し、これが本理論を発意するきっかけとなった[7]:17。
「棲み分け」は種同士の社会的関係を表す概念である。たとえばカゲロウ類の幼虫は渓流に棲むが、種によって棲む環境が異なると同時に、異なる形態をしている。
引用元:今西錦司 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E8%A5%BF%E9%8C%A6%E5%8F%B8

ルイス・シーモア・バゼット・リーキー(Louis Seymour Bazett Leakey、1903年8月7日 – 1972年11月1日)は、ケニヤの古人類学者。アフリカにおける人類の進化の解明に大きな貢献をした。またアフリカでの研究と自然保護のための組織の創設に中心的な役割を果たした。古人類学と霊長類学の次の世代の研究者を育てた。自然科学者としてリーキーはチャールズ・ダーウィンの見解を強く支持し、人類はアフリカで進化したと言うダーウィンの仮説を証明しようと試みた。
引用元: ルイス・リーキー – Wikipedia.

ホモ・ハビリス(Homo habilis)は、230万年前から140万年前まで存在していたヒト属の一種。 “handy man”(器用な人)の意。中国語では「能人」という。
1964年、タンザニアのオルドヴァイでルイス・リーキーによって発見された。現在分かっている限り最も初期のヒト属である。容姿はヒト属の中では現生人類から最もかけ離れており、身長は130cmと低く、不釣合いに長い腕を持っていた。ヒト科のアウストラロピテクスから枝分かれしたと考えられている。脳容量は現生人類の半分ほどである。
引用元: ホモ・ハビリス – Wikipedia.

このたび,西田利貞 名誉教授がリーキー賞(L.S.B. Leakey Prize)と国際霊長類学会生涯功労賞(Lifetime Achievement Prize of International Primatological Society)を受賞されることになりました。前者は人類起源に関して学際的なインパクトのあった研究に与えられる賞で,平成3年以来数年に1度リーキー財団から与えられます。後者は平成16年に制定され,霊長類学に貢献のあった研究者に2年に1度与えられる賞です。いずれも日本人としては最初の授与となります。以下に,西田名誉教授の略歴,業績等を紹介します。
引用元: 西田利貞 名誉教授がリーキー賞,国際霊長類学会生涯功労賞を受賞 (2008年4月3日) — 京都大学.