「数学記号」創始者 =「レコード」+-「ウィドマン」×「オートレッド」÷「ラーン」

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数学の記号「+」「-」を
考案したドイツの数学者です
ウィドマン(答)
Johannes Widmann

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等号を表す記号「=」を初めて
用いたイギリスの数学者は
ロバート・◯◯◯◯?
◯を答えなさい
レコード(答)
「ロバート・レコード」
Robert Recorde

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+(プラス) -(マイナス) ×(かける) ÷(わる)のはじまり (中経の文庫)

原島氏はサイエンスライター。「数式と記号のはじまりの物語を知れば、算数・数学の世界により親しめる! 」
引用元:自分で簡単に、数学(算数)記号を作ってみるか想像する~数学記号の起源より – 毎日1冊、こちょ!の書評ブログ http://kocho-3.hatenablog.com/entry/2014/04/14/064530

今日のように加・減・乗・除の記号がそろったのは15世紀から17世紀にかけてである。そのだいたいは次のようであるといわれている。1489年、ウィドマンJ. Widman、過不足の記号として+、-を用いる。1514年、フッケG. V. Hoecke、加える・引くの記号として+、-を用いる。1631年、オートレッドW. Oughtred、掛ける記号として×を用いる。1659年、ラーンJ. H. Rahn、割る記号として÷を用いる。1557年、レコードR. Recorde、等号として=を用いる。もちろん、これらの数学記号は個人の発明ではなく、多くの人がいろいろの記号を用い、それらのうち一つが固定して今日に至ったのである。
引用元:数学記号(スウガクキゴウ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%95%B0%E5%AD%A6%E8%A8%98%E5%8F%B7-540411

【数学記号】より

…他方,2ヤード3インチを2yd-3inと書いて,フィートの単位のところに数がない(0フィート)ことを示す習慣から-が利用されるようになったという説もある。これら+,-を初めて使った本はウィドマンJ.Widmanの算術書(1489)である。そこでは,+は超過を,-は不足を意味している。…
引用元:ウィドマン,J.(うぃどまん)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3,J.-1272647

Johannes Widmann (c. 1460 – after 1498) was a German mathematician. The + and – symbols first appeared in print in his book Mercantile Arithmetic or Behende und hüpsche Rechenung auff allen Kauffmanschafft published in Leipzig in 1489 in reference to surpluses and deficits in business problems.[1]
引用元:Johannes Widmann – Wikipedia, the free encyclopedia https://en.wikipedia.org/wiki/Johannes_Widmann

等号(とうごう、英: equals sign)は「=」のかたちをした数学記号である。「イコール」と読むことが多い。等号の左右が等価であることを表し、等号で結ばれた数式を「等式」と呼ぶ。1557年にウェールズの数学者ロバート・レコードによって発明された。
引用元:等号 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%89%E5%8F%B7

Robert Recorde (ca. 1512–1558) was a Welsh physician and mathematician. He invented the “equals” sign (=) and also introduced the pre-existing “plus” sign (+) to English speakers in 1557.[1]
引用元:Robert Recorde – Wikipedia, the free encyclopedia https://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Recorde

今日のように加・減・乗・除の記号がそろったのは15世紀から17世紀にかけてである。そのだいたいは次のようであるといわれている。1489年、ウィドマンJ. Widman、過不足の記号として+、-を用いる。1514年、フッケG. V. Hoecke、加える・引くの記号として+、-を用いる。1631年、オートレッドW. Oughtred、掛ける記号として×を用いる。1659年、ラーンJ. H. Rahn、割る記号として÷を用いる。1557年、レコードR. Recorde、等号として=を用いる。もちろん、これらの数学記号は個人の発明ではなく、多くの人がいろいろの記号を用い、それらのうち一つが固定して今日に至ったのである。
引用元:数学記号(スウガクキゴウ)とは – コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%95%B0%E5%AD%A6%E8%A8%98%E5%8F%B7-540411

Johannes Widmann (c. 1460 – after 1498) was a German mathematician. The + and – symbols first appeared in print in his book Mercantile Arithmetic or Behende und hüpsche Rechenung auff allen Kauffmanschafft published in Leipzig in 1489 in reference to surpluses and deficits in business problems.[1]
引用元:Johannes Widmann – Wikipedia, the free encyclopedia https://en.wikipedia.org/wiki/Johannes_Widmann

ウィリアム・オートレッド(William Oughtred、1574年3月5日 – 1660年6月30日)は、イギリスの数学者。
ジョン・ネイピアが対数を発明し、エドマンド・ガンターが対数尺を発明した後、オートレッドが2つの対数尺を組み合わせることで乗法と除法を直接計算できる計算尺を1622年に発明した。また、乗法の記号である “×” や、三角関数を “sin” や “cos” と表記する方法もオートレッドの考案である[1]。
引用元:ウィリアム・オートレッド – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89

Johann Rahn[1] (Latinised form Rhonius) (1622–1676) was a (* 10 March 1622 Töss (Winterthur), † 25 May 1676 in Zurich) Swiss mathematician who is credited with the first use of the division symbol, ÷ (obelus)[2] and the therefore sign, ∴.[3] He is known for his Teutsche algebra, the first time the Geteiltzeichen characters appear in print. The symbol is used in Teutsche Algebra, published in 1659. John Pell collaborated with Rahn in this book, which contains an example of the Pell equation, Pell-loading of the English translation of the book of Rahn. There is a controversy in Pell awards, rather than Rahn, authorship notations. Rahn was also, it seems, mayor of the city of Zurich in 1655. [according to whom?]
引用元:Johann Rahn – Wikipedia, the free encyclopedia https://en.wikipedia.org/wiki/Johann_Rahn