「伝統をなおざりにする」何もしない「等閑」 「おざなりな言い訳をする」なげやり「御座形」

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次のうち
正しい表現なのはどっち?
A 伝統をなおざりにする。◯
B 伝統をおざなりにする。


次のうち
正しい表現なのはどっち?
なおざりな言い訳をする。
おざなりな言い訳する。◯

『おざなり』と『なおざり』。似ている表現ですが、意味はまったく違う二つのことば。使い方は大丈夫ですか?『おざなり』は「御座形」と書きます。もともと「お座敷の形(なり)」ということばで、お座敷(宴会)の席で形ばかりを取り繕ったことをいったところから【いい加減に物事をすること】を『おざなり』というようになりました。そのため「おざなりな返事をする」や「おざなりな対応をする」のように使うのですね。一方、『なおざり』は「等閑」と書きますが、これは漢語の「等閑(とうかん)」をあとからあてたもの。ことばの成り立ちには “そのまま何もせずにいること”をいう「直(なお)」に”遠ざける”という意味を持つ「去(さり)」がくっついたのではないかという説もあります。「約束がなおざりになったまま」や「対策をなおざりにする」のように【いい加減にしておく、何もしない】といった意味で使うのですね。つまり、『おざなり』はいい加減でも”何かする”。『なおざり』はいい加減で”何もしない”。この点が違うのです。
引用元: おざなり?なおざり? - トクする日本語 - NHK アナウンスルーム.

 「おざなりにする」というのは、いい加減でもいいからともかく仕事はしてある状態です。ところが、「なおざりにする」というのは、いい加減にして放ってある状態を意味しています。つまり、「なおざり」の方は、してない方に重点があるのです。いい加減でもいいからやり終えているのが「おざなり」、いい加減に放って途中でやめているのが「なおざり」。
 でも、どうしてこういう違いが出てくるんでしょうか? 語の出来かたと関係があるように思えます。「おざなり」は、「お座」+「なり」からできた語。「お座」というのは、「その場」という意味。「なり」というのは、「それなりに」「彼なりに」「子供なりに」という時の「なり」と同じで、「相応に」という意味。だから、「お座なり」というのは、「その場相応に」やるという意味になるんですね。
 「なおざり」は、いろんな語源説がありますが、「なお猶」+「さ避り」からできたと考えるのがよさそうです。「なお猶」というのは、「何かの事態に対して特別な対応を起こさない」こと。「さ避り」というのは、「事柄を避ける」こと。ですから「なおざり」は、「事態にたいして手を打たずに避けて放っておく」という意味になるのです。
引用元: エッセイ4…「おざなり」と「なおざり」.

 「おざなり」はふつう、「いいかげんに物事をすること。その場のがれで誠意のないさま。まにあわせ。」という意味とされる。また、「なおざり」は、「深く心にとめないさま。本気でないさま。いいかげん。通りいっぺん。かりそめ。」などと説明される(『日本国語大辞典 第2版』)。
 これらの語釈からも分かるように、この2語は「いいかげん」という点で共通しているのだが、何かを行うとき「おざなり」は、その場のがれであまり真剣には取り組まないという意味を表すのに対して、「なおざり」はその物事にあまり注意を払わないという意味が強いように思われる。
>要するに、「子どものしつけをおざなりにする」「子どものしつけをなおざりにする」はともに言えるのだが、意味が異なるのである。「しつけをおざなりにする」は、熱心ではないながらも、何らかのしつけはすることであり、「しつけをなおざりにする」は、しつけをすることをほったらかしにしてしないという意味になる。だから、「おざなりのしつけをする」とは言えても、「なおざりのしつけをする」とは言えないのである。
 ちょっと乱暴かもしれないが、「おざなり」=なげやり、「なおざり」=ほったらかし、ということになろうか。
引用元: 日本語、どうでしょう? – 「おざなり」と「なおざり」 –.